前回は「防空とはなんぞや」という話と、システム化した防空の嚆矢ということで第2次世界大戦当時のイギリス軍の事例について簡単に紹介した。今回はその続きとして、コンピュータ化した防空システムの話である。

責任は重くなるのに時間は減る

現在はジェット機時代、飛行機の速度が速くなり、それだけ時間的余裕が減っている。仮に同じ距離で飛来を探知できたとしても、飛行機の速度が3倍ぐらいにはなっているから、時間的余裕は3分の1になる。

しかも、核兵器を搭載した飛行機が飛来すれば、1機でもとてつもない被害が生じる。ということで、特にアメリカや旧ソ連は防空システムの構築に狂奔したわけである。

地球儀を真上から見下ろしてみると理解しやすいが、この両国を結ぶ最短ルートは北極経由。だから防空システムも爆撃機の基地も、北に向けて指向されたものが多かった。アラスカやカナダにレーダー基地のネットワークを構築したのは、そういう理由である。

探知の基本はレーダー網だからそれでいいとして、その後の情報伝達・情報の整理と提示・意思決定の支援はどうするか。そこで登場するのが有名なSAGE(Semi Automatic Ground Environment)システムというわけだ。

やっていることの基本は、1940年の英本土航空決戦におけるイギリス空軍と似ているが、紙の地図の上で手作業で駒を動かす代わりに、コンピュータとディスプレイ装置が使われる。また、レーダーから入ってきた情報は、データ通信回線(といってもアナログ電話回線とモデムの組み合わせだが)で送られてくる。

迎撃はどうするのかというと、「航空機とIT」の第69回で取り上げたばかりのコンベアF-102デルタダガーを初めとして、SAGEシステムと連接するデータリンクを備えた戦闘機を配備した。電話を使って口頭で「どっちに行け」と指示する代わりに、データリンクで指令が届いて、行くべき場所まで自動操縦で飛んで行けるようにしたわけだ。これで、明後日の方向に迎撃戦闘機を飛ばしてしまうリスクを抑えられる。

日本も「BADGE」の運用を開始

SAGEはアメリカ本土を対象とするシステムだが、他国もその後を追い、日本も例外ではなかった。そこで登場したのがBADGE(Base Air Defense Ground Environment)システムである。これには、1968年に運用を開始した初代BADGEと、1989年3月に運用を開始した新BADGEの2種類がある。

初代BAGDEは、レーダーによる探知と、それに基づく状況の提示・判断・迎撃戦闘機の差し向け、という現場レベルの機能を自動化したものだった。それに対し、新BADGEは指揮統制の分野を強化して、航空幕僚監部や航空総隊といった上部組織から現場の戦闘機部隊を指揮する機能、あるいはレーダーサイトや指揮所などを結ぶ通信網の管制機能といったところを強化したとされている。

現在では、さらに後継のJADGE(Japan Aerospace Defense Ground Environment)システムに移行しているが、これは情報源を多様化するとか、弾道ミサイル防衛まで対象に含めた点が大きな進化だと言える。もちろん、コンピュータが新しくなって性能が向上している分だけ、処理能力が向上しているだろうし、扱える情報の種類や数も増していると考えられる。

BADGEシステムの時代と比べるとレーダーの性能が上がっているし、地上のレーダーサイトだけでなく、E-2C早期警戒機やE-767 AWACS (Airborne Warning And Control System) 機といった空中レーダーからの情報も得られるようになったので、それに対応する必要もある。

また、統合運用の観点からすると、他の軍種のシステムと連接してデータや指令をやりとりするとか、国家レベルの指揮統制システムと連接するとかいう話も、当然ながら出てくる。

コンピュータは何をするのか?

通信網が何をするか、という話はわかりやすい。各地に設けたレーダーサイト、あるいは早期警戒機やAWACS (Airborne Warning And Control System)機との間を結ぶデータリンクを使って探知・識別・追尾情報を受け取る必要があるからだ。では、その情報を受けたコンピュータは何をするのか。

例えば、探知した飛行物体の正体を知るには、それが事前にフライトプランを提出している民航機なのかどうかを知る必要がある。すると、民航機の管制を担当している部署なりシステムなりにアクセスして、照会を行う必要がある。いちいち電話でやっていたら手間も時間もかかるし、言い間違いや聞き間違いの可能性もある。コンピュータ同士で会話をするほうが速い。

もちろん、レーダーに併設している敵味方識別装置(IFF : Identification Friend or Foe)の情報も識別に利用している。探知した機体がIFFインテロゲーターによる誰何に対して適切な応答をしない時が問題なのだ。

探知した飛行物体が正体不明機であれば、それが領空侵犯する可能性があるのか、するとしたらいつ頃、どの辺で、といったことを考えなければならない。それがわからないと要撃すべきポイントがわからず、スクランブル発進させた戦闘機に対して行先を指示できない。

そこで、レーダーの探知・追尾データを利用してベクトルを割り出し、それを延長することで今後の動向を予測する必要がある。もちろん、途中で針路や速力を変えてくる可能性はあるから、探知目標ごとに目標ファイルを作成してデータを逐次更新することで、継続的に追いかける必要がある。

弾道ミサイルにしても、単に「飛来する」と警報を出すだけでは不十分で、どの辺に向けて飛来するかまで割り出す必要がある。それがわからないと要撃のしようがない。探知・追尾のデータを基にして、発射地点や今後の針路を割り出すわけだ。

こういう「追尾」関連の作業は、人間が手作業でやらせるよりもコンピュータにやらせるほうが速いし、確実性が高い。イージス艦の探知・追尾機能を全国ネットでやるようなものである。違うのは、イージス艦だと交戦まで自前でやってしまうのに対し、陸上設置の防空システムは戦闘機やSAMといった別の資産に指令を出してやらせるところだ。

もっとも最近は、イージス艦も他の資産に指令を出して交戦させたり、他の資産から指令を受けて交戦したりといった形態が出てきているが、その話はとりあえずおいておくことにしよう。