今回のアメリカ滞在中、多くのメディア関係者に会い、意見交換をすることができた。個々の問題については、当然、様々な意見があって賛否が分かれた。しかし、ほぼ全ての人が共通して言っていたのは、「今後10年間の最大の課題はグーグルという現代の怪物とどう折り合いをつけて生きてゆくのか」という点であった。これについては、既成メディアに属すかITメディアの人であるか、は関係なかった。

より正確にいえば、私たちはインターネットという技術がもたらした変化が量から質に転換して行く時代に立ち会っているということなのだろう。効率化のツールとして始まったインターネットの時代は、社会のルールを変え、ビジネスのルールを変え、今や国境のルールすら通り抜け始めた。

今回、日経シリコンバレー支局の田中暁人特派員に聞いたのだが、中国政府が「チベット独立を策謀する国家反逆者」のレッテルを張って糾弾の大キャンペーンを展開している当人にスタンフォード大学のキャンパスで会ってみれば、あどけないティーンエイジャーだったという。大中国が一大学生の駆使するFacebookでの活動に翻弄される時代なのだ。

こうした中で検索市場の70%以上を握り、そのシェアーを巨額な広告売り上げに転化することに成功したグーグルという存在を否定的に見るかどうかは別として、無視することだけはできないという現実が生まれた。

今回、そのことを強く印象付けられたのは、三年余りにわたってグーグル ブックスを巡る著作権訴訟を和解にこぎつけた「全米著作権協会」の顧問弁護士であるジャン・コンスタンチン氏の話をうかがった時である。もっとも、この和解については後述するが、日本やヨーロッパ諸国から強い批判が浴びせられ、米司法省も独禁法上の疑義があるとしている。和解案の諾否を決めるNY連邦地裁での審理は現在も進行中だ。

グーグル ブックスを巡る訴訟で全米著作権協会の顧問弁護士を務めたジャン・コンスタンチン氏。インタビューの詳細は次回掲載

しかし、インタビューの中でジャンさんは、にこやかに笑いながら「グーグルを正面から敵に回すことは十年前だったら可能であったかもしれない。しかし私たち作家協会は、会員の利益を守るためにレコード業界がiTunes Storeと対決して敗れた二の舞を犯す選択の余地はなかった」と語った。

以下にインタビューの要旨を掲載するが、その前に読者の理解のためにグーグルとアメリカ作家協会との著作権をめぐる訴訟経過を簡単に振り返ってみる。

全米著作権協会が米国内の大学図書館蔵書を対象にデジタル化を進めるグーグルのプロジェクトを著作権法違反として訴えたのは05年9月のことだ。以来3年余りの審理の結果、両者は08年10月に和解に達した。その主要な点は (1) グーグルは09年5月までに許可なくデジタル化した書籍に対し約45億円の賠償金を支払う、(2) 版権所有者のデータベースを維持し、支払いを調整する非営利の『版権レジストリ―』を作り、グーグルはその設立資金約35億円を支払う、(3) その対価としてグーグルはデジタル化の継続、電子書籍データベースの販売、オンラインアクセス権書籍ページ表示における広告販売権──などの権利を得た。

著作権の運用については『ベルヌ条約』で国際的に定められているから米国での和解は締結各国にも適用される。ところが、フランス、ドイツ、日本などの権利者が驚いたのは、この和解案には英米法でしか採用されていない『フェア・ユース』、つまり学術的、公共的目的であれば著作権許諾はいらない、という考えかた、権利者が自ら提訴しなければ権利放棄したとみなされる『オプト・アウト』といった概念が盛り込まれていたことだ。

この結果、09年9月からニューヨーク連邦地裁で始まった和解の合否を決める審理には仏、独政府のほか日本のペンクラブなどから400通を超える不服意見書が提出された。同時に米司法省も各国との紛争を招く恐れありとして再審理を求めた。

これに対してグーグルと全米著作権協会は09年11月になって『修正和解書』をまとめて適用範囲を『英語圏の図書』に特定するとした。しかし各国の懸念は解消されてないし、デジタル版権をグーグルが独占することに対しマイクロソフトやヤフーからも強い抗議が続いている。

──クラスアクション(集団訴訟)で当事者になった日本人にとって和解案に盛り込まれた『オプト・アウト』の概念は、あまりにもなじみがありませんでした。

ジャン・コンスタンチン クラスアクション(ある被害当事者が裁判で得た結果は全被害者に及ぶという考え)やオプト・アウトにこれほど世界的な反響が出るとは予想していなかった。われわれは約12億円もかけて諸外国に通知してきたのだが、広報活動が不十分であったのかもしれない。しかし、私たちが裁判で負けた場合に、世界の作家、出版社が受けたであろう損害を考えてもほしい。

(インタビューつづく)