前回までの内容で、アナログ・ミクスドシグナルシステム設計フローの問題点を取り上げ、MATLAB/Simulinkを用いた設計フロー改善へのアプローチについてご紹介しました。

実際、開発初期の段階、あるいは、再利用可能な回路設計などが存在しないような場合には、システム全体の要求仕様から、各コンポーネントの構成を検討し、シミュレーションを繰り返して最適な設計パラメータを選択していく、というフローが効果的でしょう。MATLAB/Simulinkで作成されたモデルは抽象度が高く、シミュレーションも高速に実行できるため、このような繰り返し作業には適していると言えます。今回はより具体的な設計事例として、ΔΣA/Dコンバータを題材として取り上げ、MATLAB/Simulinkの適用例をご紹介します。

3. ケーススタディ:ΔΣ型A/Dコンバータの設計

A/Dコンバータの仕様は、システムの要求仕様に基づいて検討されます。例えば、分解能はどれほど必要なのか、消費電力はどの程度まで許容されるのか、変換周波数はどうするのか、といった機能を検討し、設計されることになります。今回取り上げるΔΣ型A/Dコンバータは、高い分解能を実現しやすいという特徴があります。その一方で高速な変換周波数を実現しにくいという欠点があったため、オーディオや計測器などの特定の分野でしか利用されていませんでした。近年では、より高速な変換周波数のΔΣ型A/Dコンバータも登場しており、一般的な産業向けに広く利用されてきています。

ΔΣ型A/Dコンバータの特性を決定づけるパラメータとして一般的に知られているものには、アナログ部に関しては入力容量、OPAMPのゲイン、スルーレート、GB積、出力電圧範囲などがあります。例えば、入力容量は、大きければ大きいほど熱雑音の影響が抑制され、都合がいいのですが、大きすぎますと、入力容量に電荷をチャージする前段のOPAMPへの性能に対する要求が高くなり、システム全体のコストが増加するといったことが懸念されます。また、アナログ部の後段に接続されるレート変換のデジタルフィルタに関しても実現方法には選択の余地があります。このように、要求する性能を満たし、かつできるだけ安価な部品で実現できるよう、システムパラメータやアーキテクチャをバランス良く調整しなければなりません。

MATLAB/Simulinkによるアナログ・ミクスドシグナルシステム設計のアプローチでは、まず対象となるシステムの機能を、抽象度の高いアルゴリズムレベルで「実行可能な仕様書」モデルとして記述することからスタートします。このとき、検討が必要な仕様項目、設計パラメータを変数としてこのモデル内に取り込むことが重要です。モデル内の変数の値を変更しながら、シミュレーションの実行、結果の検証を繰り返すことで、要求される特性を満たすパラメータの組み合わせをシステマティックに探索することが可能となります。

3-1. 設計における典型的な設計課題と検討項目

SNRの向上をどう実現するか?

SNR(信号対ノイズ比)は、高分解能A/Dコンバータを実現するために重要な性能指標の1つです。通常、A/DコンバータのSNRを向上させる手法には、オーバーサンプリングや、量子化器のマルチビット化など、いくつかの選択肢がありますが、それぞれ考慮しなければならないトレードオフも同時に存在します。このケースでは、モバイル用途など、A/Dコンバータができるだけ省電力で動作するのが望ましい状況を想定し、積分次数を高くし、ノイズシェーピングによりSNRを向上させること設計目的とします。

ノイズシェーピング

一般的に、量子化器を用いてアナログ信号をデジタル信号に量子化すると、全周波数に均等に量子化ノイズが発生します。ΔΣ変調器では、量子化器に前置される積分器とフィードバック構造により、低周波帯の量子化ノイズが抑制され、その分のノイズが高周波帯に押しやられるような周波数特性となります。これをノイズシェーピングといいます。この効果により、実際の入力信号の帯域付近のSNRはより積分次数を高くすることで向上します。しかしながら、高次のΔΣ構造はシステムが不安定となりやすいため、次に触れるMASH回路の様に回路構成を工夫して、安定性を維持する必要があります。

ΔΣ変調器の基本構成

著者:柴田克久
MathWorks Japan
インダストリーマーケティング部
シニアマーケティング スペシャリスト

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