近年、アナログ・ミクスドシグナルシステムの設計はより困難かつ複雑化しています。この連載では、アナログ・ミクスドシグナルシステムの設計フロー上の問題点をいくつか取り上げ、 Mathworksの提供するMATLAB/Simulinkを用いた解決策について紹介します。

1. アナログ・ミクスドシグナルシステム設計の問題点は何か?

"アナログ"というキーワードからは、なにか職人的な、経験と勘が重要視される世界、という印象を受ける人も少なくないのではないでしょうか?。電子回路の世界においても、アナログ部品はバラつきが多く、適切に動作させるために微妙なパラメータ調整が必要であったり、設計の再利用が困難であったりと、やはり難しい、とっつきにくいという印象があります。

しかしながら、電子機器の世界で実世界とつながる部分にはやはりアナログ回路を避けて通ることはできません。最近話題の電気自動車を見ても、バッテリ制御やモーター制御など、アナログ信号をデジタル処理するような部分は多く見受けられます。

また、無線通信機器や医療機器なども、アンテナやセンサ(アナログ部)と信号処理部(デジタル部)の組み合わせにより構成されています。このように、システム自体のアーキテクチャも複雑化が進んでいる一方で、省電力化や小型化の要求に対応し、かつ高い性能も実現しなければなりません。これらの課題に対応するため、機器に搭載される電子回路をより集積化し、アナログ・ミクスドシグナルSoCとして実装するというニーズも高まっていますが、こうしたシステムの開発はそう容易ではありません。

1-1. 従来の設計フローの限界

問題点を明らかにするために、まずは従来の典型的なアナログ・ミクスドシグナルシステムの設計フローを振り返ってみましょう。まず、設計プロセスは要件定義からスタートします。この要件定義によって得られた仕様を文書化したいわゆる「設計仕様書」がICなどの電子回路や部品として実現するために、設計部門に渡されることになります。

従来の電子回路では、構造も比較的シンプルであったため、信号の流れに沿って、アナログ処理部、デジタル処理部を分割することは容易でした。また、過去の経験則から、要件定義の段階で実現手段が明確に規定されていることも多かったようです。このように各処理部の仕様情報はデジタル回路設計、アナログ回路設計を担当するエンジニアにそれぞれ別々に手渡され、アナログ部-デジタル部のインタフェースの仕様を拠り所としてそれぞれ個別に進められることになります。

最終的には、各部の設計を元にボードやエンジニアリングサンプルなどに実装し、システムとして統合され、プロトタイピング・検証を繰り返し実施して製品としての完成度を高めていくことになります。

従来の設計フロー

現在のアナログ/ミクスドシグナルシステム開発においては、上記のようなアナログ、デジタルの完全な分業は成立しなくなってきています。その理由として、近年の無線通信システムや高速データI/Oシステムなどにおいて顕著に見られる電子回路への要求の変化を背景とした、いくつかの課題が挙げられます。

1-2. システムは複雑化

アナログ回路の挙動をデジタル回路で制御する、といったような今日の典型的なミックスドシグナルシステムでは、システムの構成はより複雑化しています。例えば、無線通信機器において、時分割で変調周波数を変更するというようなケースでは、RFアナログ部の仕様を決定するために、デジタル部を含めて実際の変調波で評価する、といった、いわゆるシステムレベルでの機能検証を行わなければなりません。

また、アンプの歪をデジタル信号処理で補正する、受信のLNAのゲイン調整をデジタル制御する、といったフィードバックループが含まれるようなケースも多く、機能分割の選択肢も多様化しています。つまり、より複雑なアナログ部、デジタル部の相互作用を考慮する必要があると言えます。

1-3. アナログ設計ツールの限界

通常、このようなアナログ部、デジタル部を統合したシステム全体の機能検証、設計が必要になります。いろいろな組み合わせを繰り返してシミュレーションし、最適な機能分割を探索することになるわけです。

しかしながら、アナログ回路部に関しては、実際の回路レベルでのシミュレーションによりこの設計作業を進めざるを得ません。つまり、システム全体の構成案を比較検討するにも、精度重視の回路設計ツールを繰り返し使わざるを得ず、その結果多くの時間と手間が取られるということにつながります。たった1回のシミュレーション結果を得るのに何日もかかった、というのはアナログ設計の世界ではよく耳にする話です。

システム全体のシミュレーション時間は、結局このようなアナログ設計ツールの限界に大きく依存することになり、時間や予算の制約から、それこそ職人的な勘と経験に基づき、見切り発車のような形で開発を進めざるを得なくなってしまうかもしれません。

著者:柴田克久
MathWorks Japan
インダストリーマーケティング部
シニアマーケティング スペシャリスト

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