冷却ファンのスゴさを伝えたい!から始まった前代未聞の発表会
前編より続く。カテゴリーマネージャーの重要な仕事の1つが、米国で開発された新製品の特徴を日本のお客さまにいかにして伝えるか、を考えることです。→過去の回はこちらを参照。
ただ、正直に申しますと、発表準備段階で「この新製品を導入すると、お客さまは、なぜうれしいのか?」が、私自身が理解できない、ということは多々ありました。
米国本社が考えている「課題」が時代の数歩先に進んでしまっており、多くの日本のお客さまが、私自身も含めてその課題にすら気づいていない。しかし、数年後振り返ると、あの時の米国本社の狙いは正しかったな、と感じることが多かった、という具合です。
そのため、米国本社の発表資料をそのまま翻訳しても日本のお客さまの心をつかむことは難しく、その新製品が解決する「課題」が、これから日本のお客さまの「課題」にもなっていくことを理解いただけるかどうかが、その製品の日本における成否を分けると思います。
新しく開発した冷却ファンを搭載するブレードサーバーの解決すべき課題の1つは、サーバーの熱と電力の問題でした。今でこそ、IT機器の消費電力が大きな社会的課題になっていることは周知の事実ですが、その当時は日本のお客さまでその課題に気づかれている方は皆無でした。
ついに製品が完成し、日本でのメディア向け新製品発表会のネタを考える会議で、どうしてもこの冷却ファンのスゴさを伝えたいと考えた私は、冷却ファンのデモを実施したいと申し出ました。
サーバーの発表会で管理画面のデモなどはよく行っていましたが、冷却ファンといった、いわば「脇役」を前面に押し出したデモは前代未聞でした。「いったい誰がそんなものに興味があるのか」といった意見もちらほら。しかし、何としてでもこのスゴさを伝えたい。そんな思いが通じたのか、しつこかったのか、上司のOKが出ました。
冷却ファンの能力を伝えるためにスモークマシンを活用
そこから、どうやったらわかりやすく、派手にこのファンの能力を伝えることができるのかを考える日々が続きました。思いついたのがスモークマシンで発生させた白い煙を箱の中に閉じ込めて、それを一般的な冷却ファンと、今回の冷却ファンで箱から吸い出すデモでした。
冷却ファンをブレード筐体の外で単独で動かすために、秋葉原で電源とケーブル、コネクタを調達。12Vで動作するので普通のPC用のATX電源を改造したのですが、電流がかなり流れるので、ケーブルとコネクタはかなり太いものを準備しました。
意外に難航したのが、煙を閉じ込める「箱」をどのような形にするかでした。アクリル板を使い、特注で作ってもらえる予算が確保できたので、どんな箱がいいかを検討するために実験を行うこととしました。
ただ、人がいるところでスモークを発生させることもできないので、人がいないという条件で思いついた実験場所が、いまだから白状をしますが、会社のマシンルーム。段ボールの骨に食品用ラップをまいてプロトタイプを作り、中にスモークマシンを入れて、穴を開けてそこに冷却ファンをあてて吐き出させる実験を繰り返しました。
こうした実験を繰り返したことで、確かに吐き出せるものの、どうも冷却ファンが発する「ウィーーン」という爆音と比べると、インパクトが足りない。なんというか、時間をかけて「スルスルゥーッ」と出ていくのです。
穴の位置などを変えても、なかなかうまくいかない。そんな悩んでいるときに思い出したのが、当時テレビでやっていた「車の中で煙草を吸った時に早く換気できる」方法でした。運転席で吸うのであれば、運転席の窓に加えて、後部座席の反対側の窓を少し開けると、空気の流れができあがり素早く換気できるというネタでした。
そこで、冷却ファンが吸い上げる穴と、対角線上の反対側に少し隙間を作って実験をしたところ、それまでの「スルスルゥーッ」という煙の出方から、「スパーーン」という、煙の出方に変わったのです。
箱の中で小さな竜巻のような物が起きているようでした。そして、あっという間にマシンルームはスモークマシンの白煙で真っ白になってしまいました。吐き出した白いスモークを他のサーバーが吸い込まないように、一緒に実験をしていた同僚と慌てて、うちわであおいだことを思い出します。
この実験結果をもとにアクリルの箱を発注し、記者発表会でIT業界としては異例の「白い煙排出デモ」をお披露目いたしました。そのインパクトは大きく、多くのメディアに掲載していただきました。
マーケティングの担当者から「アクリルで作った特注ケースはめちゃくちゃ高かったのだから、もっといろんなところでデモをして元を取れ」と指令を受けまして、全国にそのアクリルケースと冷却ファンを持って、デモをお見せしました。
デモを通して実感した「目に見えない差」の重要性
冷却ファンが良いからといって、処理能力が早くなるわけではありません。ユーザーからすると、冷却をして問題なく動くのは当たり前であり、社内では「そんなデモやって意味があるのか?」という声もあったことは事実です。
しかし、冷却ファンのデモを通して実感したのは、お客さまも一生懸命「目に見えない差」をなんとかして見出そうとしている、ということでした。
PCサーバーは、ベンダーは異なっても利用しているCPUは同じであり、OSも一緒。スペック表だけを見比べても、その差はまったくわかりません。
しかし、長年、大量のサーバーの面倒を見ているお客さまは故障などの頻度やメンテナンスの容易性で、確実にその差があることを実感しています。直接的に自社のシステムの信頼性に直結する部分なので、そのまなざしはとても鋭いものがありました。
あるお客さまはデモのあと、冷却ファンを手に取り、数分間黙ってずっと見続けていました。この製品はその後、競合他社が渦巻いていたブレードサーバーの日本国内市場でシェアNo.1を獲得しました。
そして、お客さまにIT機器の熱と電力の課題をお伝えできただけではなく、お客さまがどのような観点で製品を見比べているのか、ということを私自身が学ぶことができました。
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