本連載では、自治体DX(デジタルトランスフォーメーション)をテーマに、自治体DXの現状や推進するための具体策、事例などを紹介します。

アドビでは、PDFの作成や編集が可能な「Adobe Acrobat」、クラウド型電子サイン「Adobe Acrobat Sign」を行政にも提供していることから、自治体の担当者から相談をいただくことも多く、そうした体験の中で得られた知見をもとに解説していきます。

先進的な自治体が登場するも、多くの自治体はまだこれから

自治体DXは、自治体でデジタル技術を活用して、さまざまな行政サービスの改善や効率化を図る取り組みです。アドビでは、PDFというデジタル文書のテクノロジーの活用による住民や企業との紙のやり取りを電子化する取り組みに対し、テクノロジーの観点からさまざまな支援を行っています。

多くの自治体にてデジタル化を推進する部門が設立され、さまざまなDXに関する取り組みが行われている一方で、紙による業務が多く、なかなか取り組みが進んでいないというのが現状です。

皆さんも、引っ越しをしたときに転居・転出・転入届のために役所に行って、順番待ちの整理券をもらって、順番が来るまで待たされたというような経験をしたことがあるのではないでしょうか。

マイナンバーカードを活用し、住民票や戸籍謄本、印鑑証明書がコンビニエンスストアで取得できるようになるなど便利になった部分もありますが、全体を見るとまだまだDXは進んでいません。

民間企業では、働き方改革により会議スペースの改革やフリーアドレスの採用などを行っていますが、中央省庁や自治体に関しては、リモートワークの導入にとどまり、デジタル化を前提としたオフィスの改革などは、あまり進んでいないように思われます。

ただ、自治体は全国に170以上あり、その進捗には差があります。積極的にデジタル化を推進する自治体も出てきました。自治体がDXを進めることは、住民サービスの質の向上につながります。いち早く取り組みの事例を公開すれば、ITを推進している自治体として認識され、その結果、住民の数を増やしている自治体もあります。

自治体DXは、デジタル庁が旗を振りながら推進しています。2019年12月にはデジタルファースト法(デジタル手続法)が施行され、行政手続きをデジタル化して原則として電子申請に統一することなどが定められました。先進的な自治体の事例が共有されることで、今後推進していく自治体が増えていくことを期待しています。

民間企業のDXを推進するため、行政機関も積極的にDXを

国が行政DXを推進している理由の背景には、日本の民間企業のデジタル化が諸外国に比べて遅れているという実情があります。意外に思うかもしれませんが、日本企業、特に製造業は、欧米はもちろんアジアの先進国と比べてもデジタル化が遅れているのです。

現在のデジタル化の遅れは、将来的に国際競争力の低下となり、税収の減少、ひいては国力の衰退につながる由々しき問題です。

自治体においても、特にデジタル化が遅れていると思われる地域の中小企業のデジタル化による地域の活性化効果なども期待できるため、さまざまな支援が行われており、自治体の業務のデジタル化によるモデル化の効果も期待できると考えられます。

行政DXが進むと、電子申請でさまざまなサービスを受けることができるので、地域住民や企業の効率化や満足度が上がります。住民は、すでに日常的にスマートフォンや電子マネーを使いこなしており、企業においてもメールやクラウドサービスなどを活用しているため、行政が対応できれば一気に普及することが考えられます。

総務省が発表する「マイナンバーカードの申請・交付・保有状況」によれば、2024年1月時点でマイナンバーカードの交付数は77.8%、保有数は73%とかなり普及してきました。

マイナンバーカードの普及が進めば、コロナ禍で実施された旅行支援などの臨時的な施策もより申請・受給しやすくなると期待されています。マイナンバーカードは、カードリーダーがなくてもスマートフォンから読み込めることにより利便理性が高く、今後さまざまな行政のサービスに活用できます。

さらに河野太郎デジタル庁長官は、マイナンバーカードの機能(公的個人認証サービス)をスマートフォンへ搭載する方策を検討するなど、より活用しやすくするために動いています。

行政職員のITスキル不足が壁、解消するためには?

民間企業と同様、行政にも推進派がいる一方で、デジタル機器を持っていない住民への対応やデジタル化への不安、今までの業務を変更することへの抵抗感などの要因で、簡単にデジタル化は進みません。

中小企業個人情報セキュリティー推進協会による、自治体職員212人への自治体におけるDX推進に関する実態調査によれば、自治体におけるDXを推進する上での課題として次のような事柄が挙げられています。

  • 職員のITスキルが不足している:63.7%
  • 職員が利用するIT機器が古い/不足している:31.6%
  • 利用者用に設置する各種端末が不足している:28.3%

職員だけで自治体DXを推進することは難しく、外部のコンサルティングを活用してDXを進めている自治体も存在します。アドビもベンダーの一社として、中央省庁や自治体への紙による業務の電子化における情報提供や提案、実証実験を依頼され、各行政機関とともにDXに取り組んでいます。

なお、デジタル化において、電子化することにより余計な操作や業務が発生しては、効率化とならず、職員の活用が進まないため、既存の業務へシームレスに組み込む必要があります。

行政機関のシステムにおいては、業務の基幹システムの刷新などのスケジュールが決まっており、簡単に機能追加などが行えません。そのため、すぐにDXが行える業務と長期で検討が必要な業務を切り分け、初期段階では、デジタル化のみで次の段階で業務システムへ組み込んだ効率化を行うなど、段階的なDXのロードマップを検討することなどが有効だと考えられます。

さて、今回は行政DXの現状を紹介しました。推進する自治体が登場しているものの、まだ多くの紙による業務が存在しており、なかなか進んでいないという状況です。そうした中で行政DXを推進していくには、どんなシステムの導入が必要なのか、特有の事情について、第2回で紹介します。