2023年2月13日、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)は、色を活用して暗号化する"クロモ・エンクリプション"という方式を開発したと発表した。では、その暗号化方法とはどのようなものだろうか。また、どのような場面で活用できるのだろうか。今回は、こんな話題について紹介したいと思う。

色で暗号化するクロモ・エンクリプションとは?

以下の図をご覧いただきたい。これがクロモ・エンクリプションを実現するシステムだ。この機構の流れとしては、まず黒い線で示されている入射光に対し、ポラライザ(偏光素子)によって偏光特性を持たせる。その後、ビームスプリッタを通過させ、銀のナノ構造へと入射される。そしてナノ構造から反射した反射光(赤線)が、ビームスプリッタを経由してアナライザ(検出光素子)へ向かっていくというものだ。

  • クロモ・エンクリプションを実現するシステムの概要図

    クロモ・エンクリプションを実現するシステムの概要図(出典:EPFL)

そして、とても重要なのがナノ構造だ。この銀ナノ構造には、3つの異なる長さ(110nm・130nm・170nm)と4つの異なる方向といった種類がある。この長さや方向によって、反射光の特性を変えられるというのだ。ちなみに、長さを変化させることで色合いが変化し、方向の変動によって、くすんだ色から鮮やかな色まで変化するという。

つまり、ナノ構造に対して特定の方向で光を照射しなければ、本来の正確な色合いや鮮やかさを復元することはできない。そしてこの色に対して、電子通信の標準コードであるASCIIを用いることで、文字が表現できるという。このシステムでは、メッセージ暗号化のために4進法が用いられていて、4桁の数字の列で各文字を表し暗号化することができたというのだ。

では、クロモ・エンクリプションで用いられるその暗号化原理を説明したい。今回は"Hello!"というテキストを送信する場合を例にとっている。

まずこのHello!という文字列は、先述した4進法によって以下図のaにあるように数値で表される。そしてその数値を、図中bにある表に従って色に変換し、先ほど言及したシステムに入射して、銀のナノ構造に反射させる。これにより、任意の色へと暗号化できるのだ。

この暗号を復号化した事例も示されている。この場合はdの偏光特性でのみ復号が可能で、元のHello!という文字に戻すことができている。一方でその他の変更特性を利用した場合は、異なる色に変換されてしまい、解読に失敗している。このクロモ・エンクリプションの特徴は、1つの数字がさまざまな場合に適用されているので、単純に解読できない点なのだ。

  • クロモ・エンクリプションの例。"Hello!"というテキストの暗号化では、文字を数字へと変換し(a)、偏光特性やナノ構造の性質によって色合いを変えて暗号化する(b)。解読の際は、特定の偏光特性を利用しないと正しい文字列を復元することはできない(e~i)

    クロモ・エンクリプションの例。"Hello!"というテキストの暗号化では、文字を数字へと変換し(a)、偏光特性やナノ構造の性質によって色合いを変えて暗号化する(b)。解読の際は、特定の偏光特性を利用しないと正しい文字列を復元することはできない(e~i)(出典:EPFL)

研究チームは、このクロモ・エンクリプションの技術を用いて、ピカソの「地中海の風景」という絵を暗号化することにも成功している。この色を使った暗号化技術は、芸術作品の著作権、本物と偽物の識別、紙幣の偽造防止などに役立てられる可能性があるという。

なお、この研究成果は、科学誌「ADVANCED OPTICAL MATERIALS」に掲載されている。

いかがだっただろうか。とてもシンプルな構成で画期的とも言える暗号化技術だと感じる。この世の中に暗号化の手法は数多くあるが、色で暗号化する技術に筆者は初めて出会った。とても興味深いと感じる。