東北大学から「宇宙無重力で育った生物ではドーパミン低下による運動能力の減弱リスクが生じる」というタイトルのプレスリリースが発表された。

以前の研究で、宇宙の無重力環境で育った線虫は、筋肉タンパク質やミトコンドリア代謝酵素が低下し、運動能力が減弱してしまうということがわかっていた。しかしその原因は不明だったという。今回のプレスリリースは、この原因不明だった部分を解明したものだ。

今回はそんな話題について触れたいと思う。

無重力環境下で運動能力が減弱する原因とは?

現在宇宙へ行くことができるのは宇宙飛行士だけ、そんな時代だ。もちろん、反例も少数ある。

しかし、近い将来において、宇宙飛行士ではないわたしたちが宇宙へと旅行したり、生活したりする、そんな時代がいずれ訪れることだろう。そんな状況を想定した研究が世界各国で行われている。

その1つが無重力環境下での運動能力の研究だ。わたしたちが宇宙へ長期間生活するシーンを想定して、ぜひ読んでいただきたい。

このような研究では、よくモデル生物線虫Cエレガンスというものが用いられる。この線虫は、細胞の数は1,000個で、成虫になっても長さ約1mm、重さも1μg程度の小さな生物。 JAXA(宇宙航空研究開発機構)、NASA(アメリカ航空宇宙局)、CNES(フランス国立宇宙研究センター)、ESA(欧州宇宙機関)などがこれまでに線虫を使った宇宙実験を複数回実施してきており、それらの研究では、線虫は、無重力環境下では、筋肉タンパクやミトコンドリア代謝酵素が低下すること、そして、液体培地のなかを泳ぐ速度も著しく弱くなっていたという結果が得られている。

しかし、なぜ、無重力下で線虫の運動能力が減弱したのかが解明されていなかった。そこで、これまでに複数回行った宇宙実験の結果をもう一度精査したところ、神経伝達物質の1つであるドーパミンを分解する酵素「COMT-4遺伝子」の発現が無重力環境で低下することがわかったというのだ。

つまり、無重力においては慢性的な浮遊状態により物理的な接触刺激の入力が著しく低下し、このような刺激の少ない状況で成長すると、運動調節に関わるドーパミン量が低下し抑制型ドーパミン受容体の応答が優位となり、慢性的に運動意欲が失われ、最終的には運動能力、筋力の減弱につながる構図が示されたという。

無重力環境下で運動能力を回復させる方法も

今回の研究では、無重力下で線虫の減弱した運動能力の回復方法についてまで言及している。

この運動能力の回復方法に小さなプラスチックビーズを使う実験が行われた。その理由は、線虫をプラスチックビーズに接触させることで、線虫のドーパミンはどうなるのか、どのように運動能力が改善されるのかを確認するためだ。

そのため、3Dクリノスタットという、試料を3次元的に回転させることで、無重力環境を模擬できる装置を使って実験を実施。

その結果、ビーズを加えて接触刺激を増やすことで、線虫のドーパミン量の低下の回復とともに運動性の減弱が回復することが明らかになったのだ。

下の図を見ていただきたい。

  • 擬似無重力環境下で育った線虫

    擬似無重力環境下で育った線虫(出典:東北大学)

細長い生物が線虫だ。線虫が運動するときに筋収縮を行うとCa2+が増えていることがわかる。より明るく発光している点はCa2+が多いことを示している。

ちなみに、図の右側に写っている青く丸い球状のものがビーズだ。ビーズに接触するたびに、線虫のCa2+レベルが上昇し、接触刺激が感覚神経を経て運動神経から筋収縮シグナルが入力されることを確認しているのだ。つまり、接触刺激を付与することでドーパミン量の低下が抑えられ、運動能力の減弱も改善されたという結果が得られたという。

いかがだっただろうか。無重力環境下で育った生物の運動能力が減弱する原因とその回復する方法が今回のプレスリリースで示されている。

これは、わたしたちの宇宙時代でももちろん無視することができない貴重な研究成果だ。将来、私たちは、国際宇宙ステーション(ISS)で宇宙飛行士が毎日2時間程度している筋トレをせずとも、効果的で効率的で簡易な手段を使って物理的な刺激を与えだけで運動能力が低下しない、そんな方法が開発されるかもしれない。

  • 無重力空間での運動能力のリスク

    無重力空間での運動能力のリスク(出典:東北大学)