報道ベースによりますが
広島のLINE殺人事件(仮)。本稿執筆時点ではひとりの成人を含む、未成年の集団による遺体遺棄事件として連日報道されています。デジタルデータゆえに、正確に再現される通信アプリ「LINE」上での罵り合いに、幼さとおぞましさを見つけます。事件について2013年7月19日の産経新聞は社会面にて、ソーシャルメディアに詳しいジャーナリストとして津田大介氏に意見を求めます。
無職少女が「LINEに悪口を書き込まれたので殺害した」と説明したことについては、「LINEだから起こった事件ではなく、コミュニケーションのツールが増え、きっかけが増えているだけだ」と言い切る(引用:MSN産経平成25年7月19日(金)より)
ジャーナリストを名乗る津田氏ですから、報道されていること以外の情報を掴んだ上での発言かも知れません。あるいは「LINEは悪くない」と擁護する立場にあるのでしょうか。わかりません。しかし、場末の物書きが不遜にも反論するなら、本件は「LINEだから」起こった事件です。
自立と自我のあいだに
LINEをご存じない方のためにざっくりと説明すると、グループ内でのチャットがおもに利用されているネットサービスです。LINE上で遊べるゲームもあり、グループ内の仲間と情報と時間の共有ができ、若者を中心に爆発的に普及しました。LINEが決定的に、他のネットサービスと異なるのは「求心力」と「閉鎖性」です。
事件が語られていたチャットには40人ほどが参加していました。そこでグルチャ(グループチャットの略称)をしていれば、誰かひとりは即レス(これ、死語ですか?)する参加者がいます。一般的な若者にとって重要なことは、いつも誰かが側にいることです。思春期は本能的に自立を求めはじめますが、裏腹に自我が確立していないことから、一人で歩きだすことへの、漠然とした不安を抱えています。連れ立って用を足しにいくのも、友だちの買い物につき合うのも、つねに他人との接点を確認しておきたいからです。LINEは効率的に不安を埋めてくれます。それは仲間内での無駄話に過ぎなくても、擬似的な触れあいが不安を埋めてくれ、それがLINEの「求心力」を生み出しているのです。
同調圧力という魔物
グループという閉ざされた人間関係に籠もるのがLINEのもうひとつの特徴です。グループ内のチャットでは個別の既読未読は確認できませんが、総数は確認できるので集団(グループ)への帰属意識を試す踏み絵となります。所属するサロンから外れることを怖れるのは人間がもつ本能レベルの社会性です。そしてサロンの快適さを維持することが目的化します。これが「同調圧力」です。被害者がリンチされる様子がLINE上で実況中継されていたと、殺人事件に直接関与していないグループのメンバーがテレビの取材に答えていました。取材に答えたメンバーは怖くなり、グループを脱退したといいますが、警察などへの通報はしていません。犯罪を制止しようとはしなかったのは、同調圧力による消極的な関与です。
広島の事件では同調圧力がリスキーシフトへと発展します。リスキーシフトとは集団極性化現象。集団の意見が極論に流れる現象で、長時間の会議などで、ある瞬間に無茶な意見、無謀なアイデアがすべて実現できるかのように、みなが思いこみ始め、イケイケ状態になるもので、大人の世界でもまま起こることです。「殺してやる」「殺してみろ」。いわば喧嘩の常套句だったものが、リスキーシフトにより実現可能と錯覚し、サロンを維持するための聖戦と信じ込み実行に移してしまったのです。
子どもは変わっていないけど
もちろん、LINEが犯罪の手引きしたわけではありません。しかし、LINEというアプリが生み出す求心力が、距離を置いて冷静になることを拒み、LINEの仕組みがもつ閉鎖性が同調圧力となり、リスキーシフトを引き起こした末の事件です。つまり「LINEだから」起きた事件であり「LINE0.2」なのです。
LINEというアプリの介在、チャット上での殺人の告白など、事件の特殊性ばかりが報道されていますが、子どもの本質は変わっていません。思春期に抱える不安や悩みは、昭和の子どもと同じです。だから、昭和時代にLINEがあれば、同じような事件が起こっていたことでしょう。ただし、LINEのなかった昭和時代は、夜の闇が友だちとの距離を引き裂き、ひとり考える時間を与えてくれ、これが「自我」の確立を促しました。ところがLINEは24時間365日、年中無休でわたしと誰かをつなぎます。その結果、集団の空気を読むことを優先し、自我による善悪の判断を後回しするようになります。閉塞のラビリンス(迷宮)にはまっている自分に気がつかないのです。便利な道具には、便利さに応じた副作用があります。
さて、冒頭の津田大介氏の指摘を正しいとするなら、気になる示唆が含まれていることにお気づきでしょうか。
「LINEだから起こった事件ではなく、コミュニケーションのツールが増え、きっかけが増えているだけだ」
読み下せばこうなります。
「コミュニケーションツールが増え、きっかけが増えている。比例して凶悪事件が増えていくだろう」
…だそうです。思春期のお子さんを持つなら、充分にお気をつけあれ。
エンタープライズ1.0への箴言
「閉ざされた空間の弊害を知る」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は6月11日に発行された電子書籍「完全ネット選挙マニュアル それは民主主義の進化か、それとも自殺か」
完全ネット選挙マニュアル それは民主主義の進化か、それとも自殺か
著:宮脇睦
フォーマット:Kindle版
ファイルサイズ:2204KB
発行:2013/6/11
販売:Amazon Services International
ASIN:B00DCIH9VU
定価:1200
内容紹介:2013年7月21日に予定される参議院選挙より解禁される「ネット選挙」。残念ながら施行される法律はザル法で、壮大なる「社会実験」のようだ。本書は現時点でのネット選挙への懸念と課題を提示すると同時に、ネットを利用した選挙戦において必要充分のノウハウを紹介した、日本初の「ネット選挙マニュアル」だ。
例えば「なりすまし」は規制や厳罰化だけで根絶することは不可能。そこで「なりすまし」を封じる対策が必要となる。しかし、残念なことに政治家はネットに疎く、警鐘を鳴らすポジションのはずのマスコミは無知に近く、さらに専門家の立場である、ウェブ有識者はこれを礼賛するばかりで、問題を指摘しない。国内のIT関連企業はゴールドラッシュと、盛り上げることに普請する。
しかし、選挙とは民主主義を担保する仕組みで、いわば日本の統治機構の重要な土台となるものだ。これがいま、アメリカに支配され、近隣諸国からの攻撃を受けかねない自体であることを指摘する声はない。
本書はネット選挙のマニュアルであるとともに、挑戦的にネット選挙の違法と合法の境目に踏み込み問題点を喝破する警告の書でもある。