みなさん不満がいっぱい

匿名か実名か。古くて新しい議論ですが、ネットではひとつの結論が出ています。匿名=ハンドルネームは芸名やペンネームと同じというものです。個人を特定できれば、戸籍上の名前である必要はなく、むしろ現実社会のしがらみから離れた名前を利用することで、自由な言論活動が可能になるという主張もあります。

わたしはすべて実名で活動しています。確かにリアルの制約を受けます。言論活動だからと、リアルの人間関係のくびきから逃れられるものではありません。しかし裏返せば、社会的信頼を損ねるような発言は、仮に匿名だとしても言うべきではないのではないでしょうか。一方、メリットもあります。「この話、0.2で使えます?」とネタを提供していただけることです。社長や上司を、さらし者にしたい人は少なくないようです。

日頃は温厚なオジサン

北国でハウスクリーニングを営むK社長。社長といっても、従業員ゼロのひとり親方です。ハウスクリーニング業は大手からベンチャーまでひしめき合う厳しい市場ですが、家の中に他人が入りこむという作業の性質上、一度信頼されると継続的な取引が期待できます。また、エアコンや換気扇は必ず汚れてくれるので、定期的に受注することができます。

起業した理由のひとつが性格です。起業後のK社長のリアルでの評判は「温厚」でした。しかし会社員時代の評判は「ウザイ奴」。口下手なくせに理屈屋で、些細なことに固執し、女性と話すと上がってしまいしどろもどろになる純情さが、かえって鼻につくタイプの人間でした。そこから人間関係のトラブルは数知れません。人と関わらずに黙々と作業するハウスクリーニングはこうした問題点が表面化しにくいのです。そして自分から積極的に話しかけるタイプでもなく、愛想笑いをしていただけで、いつしか温厚と評価されるようになっていたのでした。

ホームページを立ち上げ宣伝をしています。口下手なK社長にネットは新たな世界を与えてくれました。特にブログは、瞬時の論理構築を必要とされる会話と違い、自分のペースで主張を述べれば良く、肌に合ったのです。そして暴走します。

アメリカはレイプ国家

ある日ネットで、教科書では教えてくれなかった歴史に出会います。思想の左右でいえば「右」です。そして「右」寄りのキーワードを追い掛けていくと、より刺激的な情報に触れ染まります。ネットの危険な部分で、偏った目的で検索を繰り返していると、偏った情報の過剰結合が起こるのです。平たく言えば、極端へ走るのです。 K社長は50歳を目前にした頃、戦国武将が女の子だったという設定の「萌えアニメ」をきっかけに歴史にはまりました。といっても、つまみ食い程度の断片的なもので、しかも日本史だけです。「日本側」からだけ描かれる歴史は甘美な記憶に彩られ、自然と「右」へと傾斜していったのです。そして「大東亜戦争」に辿り着きます。まさしく教科書にのっていないことのオンパレードです。「太平洋戦争」という呼称すら、戦後の占領政策で塗り替えられたものだと知り、怒りに震え、極端は加速し、こんなエントリーを投稿し始めます。

米兵は世界中でレイプを繰り返している。日本はもちろん、××でも○○でもそうだ。事実を指摘した□□は正しい。□□を非難する連中はピーのピーでピーだ

要約です。伏せ字もマイナビニュースの品位への配慮です。□□は政治家の名前が入りますが、流れ弾をあてるようで心苦しく伏せております。実際はもっと酷い文章というより、論理的に成立していなければ、事実の明示もありません。

書いてはいけないこともある

ネットスラングで、右翼的思想に基づいて、ネットで行動する人を「ネトウヨ」と呼びます。K社長も「憂国の情」から先のような発言を繰り返すのですが、事実の裏付けのない主張はただの誹謗中傷です。じつは会社員時代の口下手な理屈屋とは、正しい評価ではありません。口にする理屈を構築できないが、正確です。つまり、支離滅裂な話しばかりを繰り返していたK氏対して、同じ職場の仲間としての好意的解釈でひねりだした評価が「口下手な理屈屋」だったのです。愛想笑いの下に隠していた本性が、ネットでむき出しになります。右翼風の単語を散りばめた誹謗中傷の羅列。論理的でない感情論は、他人に嫌悪感を与えるだけで、思想的賛同など得られるわけもない「ネトウヨ0.2」…だけではありません。K社長は「実名」でブログを書いていたので、一連の過激発言を見たお客が「温厚」なはずの彼の正体に気づき、客離れが静かに進行しています。

実名で言論活動を行う以上、それがリアルの生活に影響することを忘れてはなりません。実は本稿で紹介する「うちの社長は馬鹿」というエピソード。「実名」ではありません。イニシャルのアルファベットは、名前の二文字目にするなどし、課長を係長に、運送屋さんを物流業に置き換えるなど、事実関係を特定できないように工夫をしています。これは情報提供者に迷惑が及ぶのを怖れてのこと。お陰様で、一度も密告…もとい「ネタバレ」したことはありません。

エンタープライズ1.0への箴言


「表現の自由と、表現して良いことは違う」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」