営業品目の多品種販売を拡大させるためにiPadを導入した三和シヤッター工業は、自社開発した営業支援ツールを1,400台のiPadにインストールし、営業力強化を図っている(参照:「多品種化への移行にiPadの独自アプリを活用 - 三和シヤッター工業」。
2011年末に始まったこの取り組みは、全国に展開されている営業担当者のiPad操作スキルの上昇とともに、目に見える形で成果につながっているという。その半面、iPadをカタログツールとして利用する上で、いくつかの課題も浮き彫りになってきた。それを乗り越えるために同社が注目したのは、クラウド型のiOSアプリ制作サービス「seap」(提供元:ジェナ)だった。
コンテンツの更新に想定以上のコストが発生
iPad用のカタログ・アプリを自社開発して、制作会社に外注する業務の課題は、コンテンツを差し替えるたびに、当初想定していた以上のコストが発生することだったと、教育企画課 課長の丸茂直樹氏は述懐する。
「自社開発したアプリは提案の流れに沿ってページ遷移するスタイルなので、修正するには新しい提案ストーリーを考え、ページ遷移を再設計する必要があり、当社側での開発工数が少なからず発生します。さらにそれを制作会社に指示し、レビューと修正を繰り返して完成させるまでに、長くて6カ月かかる場合もありました」(丸茂氏)
修正のたびに発生する管理者の作業負荷、時間的損失とランニングコストは小さくない。さらに、営業現場からの要望にスピーディーに対応できない要因ともなっていた。
「例えば主力製品のガレージ用シャッターでも、北海道の営業担当者は冬季の積雪に耐える仕様をアピールしたい、一方で九州の営業担当者は台風などの風害に負けない部分を強調したいわけです。ところが、こうした地域ごとのニーズを提案アプリに取り入れるのに6カ月もかかってしまうと、営業からの要望をすべて反映させるのは現実的ではありません」(丸茂氏)
当初制作したカタログ・アプリはリッチなインタフェースを持ち、シミュレーション機能や動画などを盛り込んで、さまざまな商品を多角的に提案できるような仕様としたため、営業担当者へ浸透させるには操作講習会を開く必要もあった。また、iOSのアップデートに対応するためのアプリ改修も発生する。こうしたもろもろの管理コスト増大は、iPadの活用を広げていくための課題となっていたのだ。
制作会社を必要としない自社アプリ開発手法を発見
そんなとき社外セミナーで知ったのが、iOS用のアプリを簡単に作れる「seap」というサービスだった。さっそくパイロット的に利用してみると、業務利用可能な品質のアプリ制作を自社内で完結できることが分かった。
「本来なら、Xcodeと呼ばれる開発環境を使わなければiPad用のアプリは作れませんが、それは一般人に使いこなせるものではありません。ところが seap を使えば、Xcodeの知識を持たなくてもブラウザからテンプレートを選んで、写真や動画といったコンテンツを埋め込み、ページ間のリンクを設定するだけで、簡単にアプリを作れてしまいます」と語るのは、seapアプリの制作を担当する教育企画課の泉毅志氏である。
必要なコンテンツを集め、カタログとしての構成を練り上げる工数は従来と変わらないが、それ以降のアプリ制作を自社内で行えるのが、大きな魅力だ。従来、制作会社に依頼していたコーディングの作業は、「早いものでは1日で完成する」(丸茂氏)というほど、劇的な期間短縮につながった。
「新しいカタログを作るのに6カ月かかっていたのが、seapを使うようになって、2週間程度に短縮できました。これにより、営業からの要望にも柔軟に対応できるようになり、お客様ごとの対応や建物の用途別で提案ができるようになりました。また、用途別の中に一歩踏み込んだエリア内の提案(エントランス内の風除室、ELVホールなど)も可能になってきました。これは大きなメリットだと感じています」(丸茂氏)
現場の営業担当者にしてみれば、要望したカタログを2週間ほどで提供してもらえるのだから、今まで以上に積極的にiPadを商談に活用するようになる。営業担当者の意欲を引き出せる上、ある営業部のアイデアで作成したカタログの成功事例を、すぐに全国の営業部へ横展開できるメリットもある。
「seapは限られたテンプレートの範囲内でしか作れないため、リッチなインタフェースや凝った機能を盛り込むことはできません。しかし、シンプルな操作のアプリしか作れないことは、かえって特別な講習をしなくても使ってもらえる、というメリットにもなります」(泉氏)
seapの仕様では、1つのアプリ内に30個までのコンテンツを収録できるので、多品種展開する同社にとって、商材ごとに細かくカタログを作り分けられるのは好都合だ。seapの料金体系は、月額10万円(税別)でコンテンツ容量2GBまで使えるというシンプルなもの(以降は容量追加オプション)。1,400台のiPadを導入する同社にとって、ユーザー単位の課金ではない点も大きなコストメリットを生んでいる。
iPad活用の新分野「eラーニング」と「アンケート」
自社内でアプリ開発を完結できるようになり、提案用ツール以外の業務にもiPadの活用領域は広がってきた。
「実はiPadを導入した当初から、eラーニングを実施したいという構想は持っていたのですが、コストがネックになりペンディングになっていました。seap 導入により、コストの問題が解決できたので、新入社員向け研修のコンテンツとして、iPadによるeラーニングを試行的に開始しました」(丸茂氏)
テスト的に開発したのは、営業部の新人研修に使う自習アプリだ。seap のラーニング用テンプレートを使用して制作されたアプリは、営業担当者が顧客を訪問して、挨拶・名刺交換から商談、見積もりの作成、受注、契約といった一連の業務を動画で紹介するもの。各項目の終わりにはテスト問題が出題され、各自で問題を解き進めながら、業務を疑似体験できる。
受講者の反応は、新人研修中ということもあるだろうが、全員が抵抗なくeラーニングに取り組んだという。誰がどれだけ利用したかという操作ログは管理者ツールから確認できる。夜間のプライベートな時間にeラーニングを利用する者もいるなど、積極的に利用されていることに、同社では自信を深めている。今後は、業務内容を細分化して、それぞれにeラーニング・コンテンツを作成する予定だという。
「一度作成してしまえば、翌年以降は微修正だけで再利用できますから、年を追うごとに新人教育の効率は上がっていくでしょう」(丸茂氏)
iPad用アンケート・アプリは、多くの企業で活用されている定番の業務改善ツールだ。seapにもアンケート用テンプレートが用意されているため、簡単に質問を作成・変更でき、自動で集計を行ってくれる。
同社では従来、各種研修の前後に実施していたアンケートに紙を使っていたが、フォーマット変更に手間がかかるため質問内容は固定化しがちで、実施後の集計にもかなりの工数が割かれていた。seap の導入後は、すべてiPadを使った電子アンケートに切り替えたことで、集計時間の短縮はもちろん、質問項目の追加・修正にも柔軟に変更できるようになった。
同社の具体的な活用方法は、以下の動画の通りだ。
社員のスキル棚卸や施工管理へ、iPadの活用分野を伸展させたい
営業担当者の全員に配付されているiPadを利用して、個々の営業担当者がどのようなスキルを身に付けているのか、「統一された基準で測定してみたい」と、今後の展開を丸茂氏は語る。スキル測定を実施後に、不足するスキルに対してeラーニングの受講を推進するなど、iPadを活用した効率的な能力開発のサイクル確立も視野に入っている。
さらに、将来的には営業以外の分野にもiPadによる業務改善を進めたいという。景気回復が進み、東京オリンピック・パラリンピック開催に向けた関連事業も始まる。同社にとっては業績拡大の好機であるが、現場社員の業務負荷増大は避けられないだろう。
「特に現時点で、工務部門の負荷が高くなっているので、ここをiPadで効率化できればと考えています。当社は、建具の取り付けは協力会社様に依頼して、当社社員は仕上がり状態を監査する業務を担当しています。大型施設になると、施工用の紙図面を持ち運ぶだけでも大変ですし、紙のチェックシートは汚れたり折りたたまれたりして、後工程に支障が出たりします。iPadを使った電子図面を導入して、少しでも作業効率を改善できたらと考えています」(丸茂氏)
早い段階でiPadを業務に取り入れた企業では、当初に想定していた業務以外の活用に着手する「第2章」への取り組みが進んでいる。カタログツールとしてiPadの利用をスタートした企業が別分野へ活用を拡大する際に、同社の取り組みは良い参考になるのではないだろうか。