気候変動対策の取り組みをGX(グリーントランスフォーメーション)と呼び、世界各国でGX企業に対する投資が加速している。
そんななか、日本でも2050年のカーボンニュートラル実現に向け、官民が協力して取り組みを行う「GXリーグ」が2023年度よりスタートした。日本のCO2排出量の5割超を占める747社(2024年3月26日時点)がGXリーグに参画しており、イベントを通じて多くの協業事例が生まれている。
2月2日、第3回となる「ビジネス機会創発の場」が開催され、多くの企業が参加した。イベントでは「CO2回収・利用技術」をテーマにGXスタートアップが自社の取り組みについて紹介を行った他、参加した企業同士による交流会も開催された。
日本におけるカーボンマネジメントの現状と政府の取り組み
イベント冒頭に登壇したのは、経済産業省の山田亮太氏だ。
山田氏はカーボンニュートラルに向けた取り組みとして、「カーボンマネジメント」を紹介。カーボンマネジメントとは、CCU(Carbon Capture and Utilization:二酸化炭素回収・有効利用/カーボンリサイクル)やCCS(Carbon dioxide Capture and Storage:二酸化炭素回収・貯留)、CDR(Carbon Dioxide Removal:二酸化炭素除去)などを包含する考え方である。
なかでも今回、詳細に解説があったのは登壇企業が取り組むカーボンリサイクルだ。カーボンリサイクルとは、CO2を「資源」として捉え、分離・回収して鉱物化、あるいは燃料への再利用などを通じて、大気中へのCO2排出を抑制する方法である。
2050年段階における理想形としては、DAC(Direct Air Capture:直接空気回収技術)やバイオ技術により大気中からCO2を直接回収して再利用を図るとのことで、従来通り化石燃料を使用する場合と比べて大幅にCO2排出量を抑制できるのが特徴だ。
政府は2023年6月、カーボンリサイクルロードマップを策定。2050年におけるカーボンリサイクルのポテンシャルとしては1億〜2億トンを見込んでおり、カーボンリサイクル関連予算やグリーンイノベーション基金といった支援を通じて研究・技術開発を推進している。
もっとも、カーボンリサイクルにおける日本のスタートアップはまだプレシード、あるいはシード段階。今後の育成については手厚い支援が必要であり、政府は広島県大崎上島に「カーボンリサイクル実証研究拠点」を整備するなど、産官学が一体となっての取り組みに着手しているという。
続いて山田氏は、大気中のCO2を回収・吸収し、貯留・固定化するネガティブ・エミッション技術を用いたCDRについても解説。IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change) AR6(Sixth Assessment Report)のシナリオによると、日本の将来的な残余排出量(最終的に避けられないCO2排出量)は年間約0.5〜2.4億トンと推定されており、残余排出を相殺する手段として2050年に年間数億トンのCDRが必要だという。
この残余排出については主に産業や運輸が中心であり、これらは電化が難しいという事情がある。日本がカーボンニュートラルを達成するためには、CDRの産業化が必要であり、そのため、ネガティブ・エミッション分野におけるスタートアップ創出の重要性が増しているというわけだ。
海外ではすでに政府による支援が行われはじめており、日本も産業化に向けて必要な国内ルール検討体制の構築などを進めている。具体的には「ネガティブエミッション市場創出に向けた検討会」の下にDACワーキンググループを立ち上げて専門的な議論を開始するなど、諸外国の動向も踏まえた動きを見せているという。
革新的CO2吸着材でDACの低コスト化を実現
ここからは、GXに取り組むスタートアップによるプレゼンテーションが行われた。
まず登壇したのはPlanet SaversのCEO池上京氏だ。
同社が注力するDACとは、大気からCO2を直接回収する技術のことである。
仕組みとしては大型のファンが大気中の空気を回収し、そこから様々な方法でCO2のみを吸収する。その後、回収したCO2を分類、濃縮してカーボンリサイクルにつなげるという流れだ。2050年のカーボンニュートラルを実現するには、このDACの実施が不可欠だと池上氏は言う。
また、2021年には4,500億円だったDAC市場は、2030年には1兆円、2050年には70兆円規模まで拡大すると予想。ビジネス的にも大きな可能性を秘めているという。
もっとも、DACの大きな課題がコストだ。大気中のCO2は低濃度であり、回収が難しいことから高コストになってしまうのだ。そこで池上氏が提案するのが、CO2吸着材「ゼオライト」を用いた革新的なDACシステムである。
池上氏によると、同社が開発するゼオライトの中には従来の10倍以上のCO2吸着能力を持つものもあり、さらに他の吸着剤と比較した場合には高耐久かつ低コストというメリットがあるとのこと。同社はさらに吸着装置も開発しており、モジュール型で大型建設不要のうえ、積層にすることで大型化も可能だという。ゼオライトとモジュール型のDAC装置の組み合わせにより、CO2回収コストを大幅に低減できると池上氏は胸を張る。
とはいえ、まだまだ日本ではDAC市場が育っていない現状がある。今後、同社はDACシステムの販売を模索しつつ、まずコンソーシアムを組んでDACプラントを造り、CO2の回収を進めながらビジネスの拡大を図ることも検討中という。
細菌を活用した窒素固定技術でGXの課題を解決
続いてはSymbiobeの代表取締役・伊藤宏次氏が登壇した。
伊藤氏は現状のGXにおける課題として、「日本のように資源産出の乏しい地域は海外情勢変化に対して脆弱」であること。そして「地球が持つ容量を超えて資源が大量に消費されている現状」があることを挙げ、その解決策として海洋性紅色光合成細菌を紹介した。
海洋性紅色光合成細菌は光合成を行うと同時に窒素を固定することで知られている。海洋性紅色光合成細菌は身の回りにある資源で増殖できるため、高単価かつコスト低減を図れるメリットがあるという。
この技術を用いることで、CO2から様々な有価物のアップサイクルが可能になると伊藤氏は説明する。たとえば肥料だ。化学肥料使用の削減に伴い有機質肥料への需要の増加が予想されている。そこで重要になるのが窒素含有量が高いなど機能性の高い有機質肥料であり、それを生み出すのに海洋性紅色光合成細菌が役立つというわけだ。
また、シルクの生産にも海洋性紅色光合成細菌が役立つという。実はシルクは天然繊維や合成繊維と比べて生産時CO2排出量が少なく、GX実現に重要な役割りを果たすのだ。
同社は今後、技術リスクの低い事業領域から市場参入を進め、まずは日本で循環モデルを構築。その後、海外市場にも順次展開を目指すという。
生体を模倣した新しい材料でCO2排出量削減と経済の両立を目指す
続いては、JCCL取締役CTOの星野友氏が登壇した。
JCCLは九州大学発のスタートアップだ。日本初の炭素循環技術で世界のカーボンニュートラルを実現することを事業目的としており、CO2排出量削減と経済を両立する技術の開発を進めている。
星野氏によると、既存の工業的なCO2の分離回収に使用される「化学吸収法」は、アミン等のアルカリ性の水溶液とガスを接触させ、CO2等の酸性ガスを選択的に吸収させるという手法とのこと。ただし、このときに110〜130℃の高温で加熱する必要があり、むしろカーボンポジティブになってしまうという課題を抱えていた。
そこで同社ではNEDOの支援のもと、高温加熱が不要なCO2分離材料の開発をスタート。着目したのは生体内のガス交換システムだ。これは、体内で発生したCO2を体外に排出する機構のこと。実は我々生物は、高温加熱などを行うことなく常温常圧で効率的にCO2排出を行っているのだ。
そこで同社が開発したのが、生体を模倣した新しいコンセプトのCO2分離材料「アミン含有ゲル」である。これにより、低コストでCO2を分離できるほか、低濃度のCO2であっても高性能な分離を実現できるという。
すでにプロダクトも誕生している。たとえば施設園芸用のCO2施用装置では、灯油燃焼後の排ガスからCO2を回収し、ビニールハウスに施用するなど、ハウス農業のCO2排出量削減と生産量向上の両立に成功した。さらに、JAXAとの取り組みも進めているという。
同社は炭素循環社会の実現に向けてJCCLエコシステムもリリース。参加することによりJCCLの技術や情報を活用しながら一緒に社会実装を目指せるという。
フィルターでCO2を吸着、固形化し、ガラスやセメントにリサイクル
最後に登壇したのはAC BiodeのCEO久保直嗣氏だ。
同社がレブセル社と共同で提供している技術は、空気清浄機やDAC機器とエアーフィルターを活用してCO2を吸着、固形化し、世界初となるガラスへのリサイクルを実現したというもの。またセメントに混ぜることも可能。電力を使わずに吸着できるメリットがあり、既存の空気の流れを利用できるのが特徴だ。大型商業施設などに導入すれば、空気清浄や空調等と共に室内のCO2濃度を低下させるメリットも得られる。
この仕組みを使うことにより、10日間でフィルター重量の40%、例えば800gから数キロのCO2を吸着し、6ヶ月間かければ36kgの回収が可能になるという。さらにガラスにリサイクルした場合、300kgものガラス製品を生産できる。あらゆるタイプのガラスも製造・加工できるため、たとえば香水の容器やお土産、クリスタル、グラス、ガラス繊維、窓など様々な用途が考えられるだろう。
すでに日本だけでなく、オーストリアやスイス、ドイツ、フランス、韓国などの企業とも契約が進んでいる。今後はBtoBを予定しており、たとえばDAC機能付き空気清浄機やエアコン、掃除機、換気等の研究開発を行っている企業やブランドオーナー、リサイクルしたガラスを使用したい企業との取引を希望しているとのことだ。
各企業によるプレゼンテーションの後は、参加企業とスタートアップによる意見交換会も実施された。全体を通して、GXに対する熱意や本気度が伝わるイベントとなっていた。
「ビジネス機会創発の場」は今後も開催されるとのこと。同イベントを通じて日本のGXがさらに盛り上がりを見せそうだ。