脱炭素化社会への転換は、気候変動対策、エネルギーの安定供給などの観点からもはや待ったなしの状況といえる。

世界的にCO2排出に関する規制が強化されるなか、各国で脱炭素分野の投資を引き出す支援が大規模に行われており、日本でも「GX実現に向けた基本方針(以下、GX基本方針)」が閣議決定されるなど、CO2排出削減と経済成長をともに実現するGX推進に向けた取り組みが進んでいる。

GX実現のための有効な手段の1つとされているのが、企業などが排出するCO2に価格をつけることで排出者の行動変容を促す政策手法「カーボンプライシング」だ。

今回は、経済産業省 環境政策課 環境経済室 室長補佐 中山 竜太郎氏、同 折口直也氏に、GX基本方針で掲げられた「成長志向型カーボンプライシング構想」と、そこに向けて多くの企業が参画する「GXリーグ」における取り組みについて聞いた。

  • 経済産業省 環境政策課 環境経済室 室長補佐 中山 竜太郎氏

各手法を組み合わせて段階的に進むカーボンプライシング

2023年5月、カーボンプライシングの導入等を通じて脱炭素型社会への移行を進めるGX推進法が成立した。脱炭素分野での新たな需要・市場を創出し、日本経済の産業競争力強化や経済成長につなげていくことを目的としたもので、同年2月に閣議決定されたGX基本方針では、GX推進の柱の1つとして「成長志向型カーボンプライシング構想」が掲げられている。同構想の狙いは、CO2排出に値付けをすることで、GX関連製品・事業の収益性を向上させ、投資を促進させる点にある。

中山氏は「一気に導入すると経済活動がシュリンクするおそれもあるので、日本の場合、最初は低い負担で導入し、徐々に引き上げる見通しを示している。導入年度を示すことで、前もって準備しようという企業のマインドを醸成し、足元から投資や研究開発を進めてもらうところを狙いにしている」と同構想について説明する。

カーボンプライシングには、さまざまな手法が存在する。

CO2排出に対する一律のカーボンプライシングとしては「炭素に対する賦課金(化石燃料賦課金)」と呼ばれる制度が日本で検討されている。石油や石炭をはじめとする化石燃料の輸入事業者等に対し、輸入化石燃料に由来する二酸化炭素の量に応じて賦課金を課すというもので、2028年度から導入開始予定となっている。賦課金は、排出量に対して一定の負担を要するため、幅広い主体に行動変容を求めるものだ。

一方、CO2排出量の多い発電事業者の行動変容を狙ったものが「有償オークション」である。同制度は、発電事業者に対してCO2の排出量に応じた排出枠の調達を義務付けるとともに、その排出枠をオークションの対象とするもので、2033年度に導入予定だ。他国でも同様の取り組みがGX推進の主流となっている。

これに先駆け、多排出産業などがCO2排出量の削減分を売買する「排出量取引」が2026年度から本格的にスタートする。企業ごとに排出量の上限を設定し、それを超過する企業と下回る企業とのあいだでCO2の排出量を取引するというもので、市場機能を活用することで効率的かつ効果的に排出削減を進められる点がメリットとされている。

「排出量取引は、自らの排出量が基準値を上回らなければ支払わなくて良いという考え方がベースとなるが、有償オークションは排出量に応じて支払う必要がある。逆に言えば、有償オークションは脱炭素を強力に推し進める制度ともいえる。したがって、2033年度に発電セクターにおいて一段ギアチェンジするというイメージを持っていただけるとよい」(中山氏)

なお、GX推進法おいて、これらカーボンプライシングで徴収する資金は「GX経済移行債」の償還原資に充てるとされている。

GXリーグで排出量取引の"練習"を

2026年度からの排出量取引の本格導入を前に多くの国内企業が準備に取り掛かるなか、2023年度からは"練習期間"として、国内で自主的な排出量取引を実施する組織「GXリーグ」による活動がスタートしている。

本格導入後の排出量取引は民間企業同士での取引が前提となっており、GXリーグではそうした取り組みを試験的に実践できる枠組み(GX-ETS)が用意されている。国内企業からの注目度は高く、折口氏によると「企業による自主的な参加を前提とする枠組みだが、CO2排出量で換算すると日本全体の排出量の半分以上を占める企業がすでに参加している。欧州でも排出量取引制度はあるがカバー率は4割程度なので、規模としては大きい」という。

  • 経済産業省 環境政策課 環境経済室 室長補佐 折口 直也氏

GX-ETSは、削減目標を企業が自主的に設定・開示する点が特徴。プレッジというステップにおいて政府基準に準ずる形で排出量目標を自主的に定めた後は、実績報告、取引実施、レビューという流れで取引が進んでいく。

「投資家も企業のCO2排出量を気にするようになってきているなか、企業としても外部に情報を公表した限りはそれを達成しなければならないというマインドがある。GX-ETSにおいては、目標設定はあくまで自主的に行われるが、それを対外的に開示してもらうようにしている。そのフォローアップも透明性を持って運用していただくことで、制度として機能するものにしていこうとしている」(中山氏)

排出量取引に向けては、取引のためのプラットフォームを構築することが必要となる。2023年10月には、東京証券取引所にカーボン・クレジット市場が開設された。カーボン・クレジット市場では、GXリーグで生み出される「超過削減枠」のほか、中小企業・農業者・森林所有者・地方自治体等がCO2排出削減によって創出した「J-クレジット」なども取引することができる。

現時点では決して大きな市場とはいえないが、1日あたり1000〜2000程度の取引があり、2024年1月には累計売買高が10万トンを超えている。今後の成長が期待されているところだ。

GXリーグ参画企業によるルールメイキングの動き

すでにGXリーグに参加している企業はGXに対する感度や真剣度が高く、企業同士で協力しながら排出削減に取り組む動きもある。その1つが、GX市場創造に向けたルールメイキングだ。GX製品投入やサプライチェーン上での削減への取り組みを促進するため、GXリーグ参画企業が一体となってルール形成を進めている。

なかでも国内大手金融機関やメーカー等の主導で行われているのが、「削減貢献量」に関する議論である。

たとえば、電機メーカーが省エネルギーなエアコンを開発し、販売台数が伸びたとする。この場合、社会全体ではCO2排出削減が進む一方で、電機メーカーとしては製造過程におけるCO2排出量が増えてしまう、というジレンマを抱えている。

つまり、企業活動におけるCO2排出量の推移だけに着目していると、たとえ社会全体のCO2排出削減に貢献していてもそれが評価に反映されないのだ。

そこで、グリーン製品やサービスの普及を通じて、企業が社会全体の排出削減にどれだけ貢献したかという貢献量を可視化し、開示していこうという考え方が注目されている。これが、削減貢献量である。削減貢献量に関する業種横断的な議論を通じて、排出削減に貢献するビジネスが正当に評価されるようになることが期待されている。

折口氏は、こうしたGXリーグの取り組みについて「ルール形成というと自社のビジネス展開を有利にさせるロビイングになりがちだが、各ワーキンググループはあくまでビジネス上の共通課題の解決を目的としている。経産省でも、民間企業と連携しCOPの場での国際的な発信や、市場強化に向けた検討会を実施することでバックアップしている」と説明する。

スタートアップ連携で具体的な取り組みにつなげる

GXに関するビジネス機会の創発に向けては、スタートアップとの連携も重要となる。

特にGXリーグに参画する大企業では、脱炭素化に向けた明確な問題意識はある一方で、企業規模が足かせとなり多方面への投資を俊敏に実施するのが難しいという声もある。一方、スタートアップはスピーディーにプロダクトを開発できるなど機動性が高く、近年では民間からの資金調達や政府支援も活発になってきており、脱炭素化に向けた問題を具体的に解決できる主体として注目されている。

経産省は2023年度、試行的な取り組みとして、GXリーグ参画企業とスタートアップとのビジネスマッチングイベントを開催した。同イベントでは、GXリーグ参画企業側のニーズをヒアリングしたうえで、「消費者行動変容」「サーキュラーエコノミー」などテーマを定めスタートアップを厳選し、プレゼンテーションやディスカッションの場が提供される。参加者の満足度は高く、今後も継続的に実施していく予定だという。

「GX関連のスタートアップはまだ国内で200社程度しかないと言われている。製品のゴールが見えにくいのがその要因の1つ。『こういう製品をつくれば欲しい企業がこれだけいる』『大企業はこういう製品に対してこれだけのスペックを求めている』といった大企業側のニーズがわかれば、スタートアップとしては開発が進めやすいだけでなく資金調達の難易度も下がる。需要・関心を明確にしていくことで、スタートアップの活力を高めたい」(折口氏)

カーボンプライシングで脱炭素と経済の両立へ

カーボンプライシングにはさまざまな手法があり、制度としても整備されつつあるため、今後はさらなる盛り上がりが期待できるだろう。また、実際にカーボンプライシングの取り組みを通して、CO2排出量削減に向けた具体的な動きも活発になってきている。

GXは、気候変動、エネルギー安定供給といった地球規模の課題への対応だけでなく、新技術や市場が生まれ、新たなビジネスを創造していくためのチャンスであるともいえる。国内企業も、GXに本気で取り組むべきタイミングにきている。