2011年7月8日、米国フロリダ州にある米国航空宇宙局(NASA)ケネディ宇宙センターの第39A発射台から、スペース・シャトル「アトランティス」が打ち上げられた。

1981年の初打ち上げ以来、白い航跡とともに宇宙へ駆け上がり、他の宇宙船にはできない複雑なミッションをこなし、そして巨大な三角翼で大空を滑るように飛んで帰ってきたスペース・シャトルは、この打ち上げを最後にすべての機体が引退。約30年にわたる歴史に終止符を打った。

それは同時に、機体を何度も再使用することができる「再使用ロケット」の時代が、いったん終わったことも意味していた。これ以降、世界のロケットは昔ながらの、打ち上げごとに機体を使い捨てる時代へと逆戻りしたのである。

それから約5年と8カ月が経った2017年3月27日、その最後のシャトルが飛び立った同じ発射台に、新たな再使用ロケットが姿を表した。その名は「ファルコン9」。この日発射台に設置された機体は、1年前の2016年4月に一度打ち上げられ、帰ってきて、そして再び打ち上げを目指して立っていた。開発の手がけた宇宙企業「スペースX」は、自信と自負を込めて、このロケットを単なる「再使用ロケット」ではなく、一度宇宙へ飛んだことで「成功が約束されたロケット」と呼ぶ。

スペースXを率いるイーロン・マスク氏の言葉を借りるなら、この再使用型のファルコン9には、宇宙への輸送コストを従来の100分の1に引き下げ、人類の宇宙活動を飛躍的に発展させるとともに、人類を滅亡から救う、大きな可能性と期待が込められている。

2011年7月8日に打ち上げられたスペース・シャトル「アトランティス」。アトランティス、そしてスペース・シャトルにとって最後の打ち上げとなった (C) NASA

2017年3月27日、最後のスペース・シャトルが飛び立ってから約5年と8カ月ぶりに、同じ発射台に新世代の再使用ロケット「ファルコン9」が試験のため設置された (C) SpaceX

スペースXの最初の10年

イーロン・マスク氏が2002年に設立して以来、宇宙企業「スペースX」は最初の10年で、小型ロケット「ファルコン1」の打ち上げと、その小型ロケットを発展させた大型ロケット「ファルコン9」の打ち上げを成功させ、一躍その名を世間にとどろかせた。

スペースXが設立された前後、米国を中心に数多くの宇宙企業が立ち上がったが、その多くはスペースXほどの成功を収めることができずに消えていった。スペースXが成功できた理由のひとつには、富豪であるマスク氏の資金が投入され、国防総省もロケットを購入して援助するなど、豊富な資金があったことが大きい。

なにより、スペースXは設立時、TRWという会社から優秀な技術者を多数引き抜くことに成功した。TRWは自動車部品や宇宙機器の製造で知られ、とりわけロケット・エンジンを開発できる数少ない企業のひとつでもあった。豊富な資金と、経験のある優秀な技術者を集めることは、他の企業にはなかなかできないことで、これが揃った時点でスペースXの成功は約束されたようなものだった(それでもマスク氏は、ファルコン1の打ち上げ失敗が続いたときには、会社をたたむことを考えたという)。

さらに、この当時のファルコン1やファルコン9は、米国が培ってきた古いロケットの技術を、IT開発のような新しい手法で造り上げる、一見すごく見えるけれども実は手堅い、というやり方で開発されていた。

そうして開発されたファルコン1は、3回の失敗を経て4回目の打ち上げで成功し、続く5回目の打ち上げにも成功。そしてファルコン1のエンジンなどを使って開発された大型ロケットのファルコン9は、最初の打ち上げで見事に成功し、3機目にして国際宇宙ステーションに無人補給船を送り届けた。

この「古いやり方を新しい方法でまわす」というやり方は、スペースXの事業をきらびやかなものに見せると同時に、成功を支えるもうひとつの屋台骨にもなっていたのである。

スペースXが最初に開発した小型のファルコン1ロケット (C) SpaceX

スペースXが次に開発した大型のファルコン9ロケット。初期型ではファルコン1で使われたエンジンなどを流用していた (C) SpaceX

打ち上げコストを100分の1に

その流れが変わったのは、2011年9月29日のことだった。この日、ワシントンD.C.で開かれた記者会見で、イーロン・マスク氏は「ロケットの再使用に挑む」と表明したのである。このとき発表された構想と、画像や動画には、多くの人々が度肝を抜かれた。

宇宙へ打ち上げられたファルコン9の第1段機体が、切り離された後に自動的に飛行し、そしてエンジンを逆噴射しながら垂直に着陸。さらに第2段も、衛星を分離した後に大気圏に再突入して着陸する。そしてその機体は整備を受けた後、ふたたび打ち上げられる――。まるで古いSF映画でも見ているかのような映像だった。

この会見の中でマスク氏は、ロケットを再使用する理由を「ロケットの打ち上げコストを引き下げ、人類の宇宙活動を前進させるため」と語った。

しかしそれと同時に、このときすでにマスク氏の中には「人類を滅亡から救う」という考えが存在していた。人類が地球に住み続ける限り、戦争や小惑星の衝突などによって滅亡する危険は存在し続ける。しかし、もし他の惑星に住めるようになれば、たとえ地球が滅びても、人類は生き延びることができる。この考えは、後に2016年9月に発表された「火星移住計画」へと発展していくことになる。

その実現には、他の天体に多くの人間を送り込むことができる低コストなロケット、すなわち機体を飛行機のように何度も再使用できるロケットが必要であると、マスク氏は考えたのである。

マスク氏は会見でこう続けた。「ファルコン9は世界で最も低コストな大型ロケットですが、それでも5000~6000万ドルのコストがかかります。しかし、そのうち推進剤が占める金額はわずか20万ドルにすぎません。もしロケットの機体を1000回再使用することができれば、推進剤とメンテナンスのコストを足しても、1回の打ち上げごとのコストは今の100分の1にまで下げることができるでしょう」。

スペースXが2011年に発表したファルコン9の再使用コンセプトのCG。当時はアニメでしかなかった第1段機体の着陸、再使用がいよいよ実現する (C) SpaceX

2011年当時の構想では、第2段機体も回収、再使用されることになっていた (C) SpaceX

スペースXの"叛乱"

会見後の反応はまちまちだったが、おおむね狐につままれたような感想をもつ人が多かった。たとえばロケットをエンジンを噴射しながら着陸させる技術は、1990年代にはすでに存在していたが、実際に宇宙まで飛んで帰ってきたロケットは存在しなかった。

仮に技術的に可能だとしても、このときスペースXは、使い捨てのファルコン9ですらまだ2機しか打ち上げておらず、いかに破竹の勢いで開発を続けている同社といえども、そう簡単には造れないだろうという見方もあった。

なにより、本当に機体を1000回も使い回し、コストを100分の1にすることなどできるのか、という疑問は、誰の頭にも浮かんだ。それには、この発表の2カ月前に引退したスペース・シャトルの存在も影響を与えていたのは間違いない。

スペース・シャトルは、スペースXが考えと同じように、機体を再使用することで打ち上げコストを下げ、当初の計画では1週間に1回の頻度で地球と宇宙を往復し、誰でも宇宙に行ける時代がやってくるとさえ言われていた。しかしそれは実現せず、米国の、そして地球の空から姿を消した。はたして、NASAに実現できなかったことが、そのNASAの下請けでもある一民間企業にできると信じられる人は少なかった。

マスク氏もこの会見の中で「これは技術的に非常に難しい挑戦です」と認めるも、しかし「私は可能だという結論に達しました。そしてスペースXはこれに挑みます」と続けた。そして周囲の不安の声をよそに、イーロン・マスク氏とスペースXは、この荒唐無稽な夢の実現に向け動き始めた。

その覚悟を示すかのように、スペースXは当時公開したCGアニメーションのBGMに、英国のロック・バンド「Muse」の『Uprising』という曲を付けていた。Uprisingとは「叛乱」という意味で、歌詞も政治家やマスメディアによる管理社会への叛乱を描いたものである。

そしてまさにスペースXも、垂直離着陸式の再使用ロケットなんて無理だ、コストを100分の1にするなんて無理だ、という声に対する叛乱を開始したのである。

2011年9月29日、ファルコン9の再使用化について発表するイーロン・マスク氏 (C) SpaceX

参考

・NATIONAL PRESS CLUB LUNCHEON WITH ELON MUSK | SpaceX
 http://www.spacex.com/news/2013/02/09/national-press-club-luncheon-elon-musk
・Reusability: The Key to Making Human Life Multi-Planetary | SpaceX
 http://www.spacex.com/news/2013/03/31/reusability-key-making-human-life-multi-planetary
・Why Make Rockets Reusable? - YouTube
 https://www.youtube.com/watch?v=3B5av0BOajU&list=PL65D245A30E8B8F67&index=5
・Why Is Making A Reusable Rocket So Difficult? Elon Musk - YouTube
 https://www.youtube.com/watch?v=IIVCCaYWGpk
・Spaceflight Now | Breaking News | SpaceX unveils flyback Falcon rocket reusability plan
 https://spaceflightnow.com/news/n1109/30spacexflyback/