高度にインターネットが発達した現代では、知りたい情報をすぐに検索して調べることができる。一方で、本を読むことで得られる想像力やインスピレーションも重要だ。"本でしか得られない情報"もあるだろう。そこで本連載では、経営者たちが愛読する書籍を紹介するとともに、その選書の背景やビジネスへの影響を探る。
第5回は、AIを活用した防災や危機管理を支援するソリューションを開発するSpecteeの代表取締役 CEO 村上建治郎氏に取材した。村上氏は滋賀県大津市を舞台とする宮島未奈氏の小説『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)を選んだ。
同書は「全国書店員が選んだ いちばん!売りたい本 2024年本屋大賞」の受賞など、多くの話題を呼んだ作品。主人公・成瀬あかりは、閉店を迎える西武大津店に通って中継に映ると言い出したかと思えば、M-1への挑戦、市民憲章の丸暗記など、周囲から「変わった子」と思われながらも我が道を突き進む。
成瀬あかりが中学2年生から高校3年生になるまでのエピソードを、オムニバス形式で集めたのがこの一冊だ。村上氏は「起業家はどんなビジネス書よりも読んでほしい」と話す。
もともと本好きで家中が本棚になった時期も
--普段の読書の様子や頻度について教えてください
村上氏:起業する前や起業してから数年間は、年間100冊以上の本を読んでいました。当時は家中が本棚のようでした。最近はそこまで時間が取れませんので、月に2~3冊くらいのペースで読書をしています。
読むジャンルはビジネス書が多いのですが、ビジネス書はほぼ電子書籍でタブレットを使って読みます。「リスク管理」「サプライチェーン・マネジメント」など、特定の分野で仕事に必要な知識について、本を買って勉強しています。小説も読むのですが、なんとなく紙の雰囲気が好きなので小説は紙で読むことが多いです。
仕事で必要な知識を学ぶ以外の目的では、世の中で話題になっている本を買って読みます。書店で平積みにされている本や、広告でよく見かける本が気になって買うことが多いですね。「とりあえず話題のものは知っておきたい」という気持ちがあります。週末にまとまった時間を作って一気に読んでいます。
--以前から本が好きだったのでしょうか
村上氏:もともと本は好きです。中学生くらいから小説が好きで、ずっと読んでいました。古本屋で小説を買って、読み終えたらそれを売って次の小説を買って読んでいたのを覚えています。毎週のように古本屋に行っていました。
主人公・成瀬あかりに学ぶ起業家精神
--『成瀬は天下を取りにいく』を読んだきっかけを教えてください
村上氏:この本がすごく話題になっていたので気になったのもあるのですが、私自身が西武ライオンズのファンなので、表紙のイラストで成瀬あかりが西武ライオンズのユニフォームを着ているのに目を引かれました。昨年のゴールデンウィークに時間ができたので、一気に読みました。
ネタバレになってしまいますが、実はこの小説と野球はほとんど関係がないんです。滋賀県にある西武大津店の閉店が決まり、それを現地の(架空の)ローカル番組「ぐるりんワイド」が1ヵ月間にわたって取り上げることになります。その中継に映るためだけに、成瀬は西武ライオンズのユニフォームを着ます。背番号1「KURIYAMA(栗山巧選手)」のユニフォームを着ているのですが、成瀬は栗山が誰か知りません。
--本の感想を教えてください
村上氏:主人公の成瀬はとてもまっすぐな人で、何か目標を決めたらそれに向かって突き進むタイプです。大きなことを100個言って、そのうちの1個でも叶えたら「あの人すごい」となるから良いと考えています。「200歳まで生きる」「期末テストで5教科500点満点を取る」など、大きな目標を立てて実現するために努力します。
成瀬は優秀ですし、運動もできます。みんなが無理だと思う目標を掲げて、それに向かってひたすら突き進むので、その性格から友達は少ないです。ちょっと浮いた人だと思われているのですが、成瀬に関わった人たちは成瀬に影響されて少しずつ変わっていきます。成瀬自身は同じスタンスなのですが、周囲の人の考え方に影響を与える様子が非常に面白かったです。
小説の中に、「たくさん種をまいて、一つでも花が咲けばいい。花が咲かなかったとしても、挑戦した経験はすべて肥やしになる」という文章が出てきます。こういう性格の人こそ起業家に向いているでしょうし、おそらくですが孫正義やスティーブ・ジョブズといった著名な起業家・事業家はこういう性格をしているのだろうなと思います。
--印象に残ったエピソードを教えてください
村上氏:成瀬はいくつも大きな目標を掲げていますが、実はどれも達成していません。最後の最後まで努力はしますが、無理だと思ったらそこでやめるんです。単に「努力して達成しました」というストーリーではなく、最後に無理なら成瀬がパッとやめてしまう部分に、ある意味共感できました。
例えば会社の経営でも、なるべく高い目標を掲げて努力することは大事ですが、途中でやめる決断をしなければならないタイミングがあります。そこを割り切って決断できる成瀬がすごいなと思います。
成瀬が友人と琵琶湖を眺めながら会話をするシーンが登場するのですが、その友人に「落ちそうで怖い」と言われると、成瀬は「万が一落ちたら近くにいる人に浮き輪を投げてもらえばいい。もし誰もいなかったとしても、何も考えずに上を向いていたら誰かが助けてくれる」と返答します。この発想は勉強になりました。
「起業家はみんな読むべし」と村上社長が語る理由とは?
--この本を読んで、ビジネスに生かせるポイントはありますか
村上氏:繰り返しになってしまいますが、成瀬は「大きなことを100個言って、そのうちの1個でも叶えたら、あの人すごいとなる」「たくさん種をまいて、一つでも花が咲けばいい。花が咲かなかったとしても、挑戦した経験はすべて肥やしになる」と考えています。
弊社は今100人ほどの社員がいますが、目標を大きく掲げて宣言したり紙に書いたりしないと、私の考えは理解してもらえませんし、社員は規模を小さく考えてしまいます。「私たちはこれがやりたいんだ」と表現して社内に浸透させることはすごく重要だと思います。ただし、あまりにも目標が大きいと失敗することもあり、そうすると次からは「どうせそんなこと言ってもできないじゃん」という声も出ます。
そうした中で、当社の事業においても、たくさんの種をまいて花が咲かなかったとしても挑戦した経験は肥やしになっているよ、と理解してもらえるように伝えていくのが大事かなと思っています。
--この本を読んで、村上社長の考え方に影響はありましたか
村上氏:成瀬は成績も優秀でスポーツもでき、目標に向かってひたむきに努力する人なので、とっつきにくいというか、周囲からも浮いています。ですが、成瀬に影響を受けた人が多いのも事実です。
私は成瀬のようにスーパースターなタイプではありませんが、企業を経営しているとたまに、自分がやろうと思っていることに対して周りが付いてきていないなと感じることがあります。でもこの本を読んで、周りが付いてこないからレベルを落とそうと考えるのではなく、私自身がひたむきに突き進んだ方が意外と周りの人に影響を与えられるのだろうなと考えられるようになりました。
なかなか周りに受け入れてもらえないような突飛な目標を掲げて、それにただひたすら突き進んでいくと、その結果として影響を受ける人が出始めて、少しずつ目標に近付いていく。起業ってまさにこういう過程なんだろうと思います。起業家はぜひ、どんなビジネス書よりもこの本を読んでほしいです。