高度にインターネットが発達した現代では、知りたい情報をすぐに検索して調べることができる。一方で、本を読むことで得られる想像力やインスピレーションも重要だ。"本でしか得られない情報"もあるだろう。そこで本連載では、経営者たちが愛読する書籍を紹介するとともに、その選書の背景やビジネスへの影響を探る。
第3回はUSEN&U-NEXT GROUPで法人向けにクラウドサービス導入などを支援する、USEN Smart Worksの代表取締役社長を務める大下幸一郎氏に取材。大下氏は数ある本の中から『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン 著者:唐澤俊輔)を選んだ。
著者の唐澤氏はマクドナルドやメルカリ、SHOWROOMなどで組織の成長を率いた経歴を持つ。同書では変化の激しい時代だからこそ組織のカルチャーが重要だとして、企業のミッション・ビジョン・バリューとカルチャーの関係性や社内外へのカルチャーの浸透について、具体的な手法を用いて紹介している。唐澤氏の経験に基づくフレームワークも掲載し、実践型で組織内カルチャーを学べる一冊だ。
書店は自分を理解するためのバロメーターに
--普段の読書の様子や頻度について教えてください
大下氏:電子書籍やオーディオブックを読むのではなく、本屋に足を運んで書籍を選んでいます。あらかじめ月次でスケジュールを決めておき、その日に都合がつかなければ前後の日程で調整するなどして、できるだけ本屋に行って購入するようにしています。30分から1時間ほどかけて店内を探すのですが、その間に気になったキーワードによって、そのときの自分のメンタルや状態を知る手掛かりにしています。
例えば「経営」「SaaS」「モチベーション」など、本屋に行くタイミングによって気になるワードが変わります。これが「あ、自分はいまこんなことに関心を持っているんだな」と知るバローメーターのような役割を果しています。
気になるワードに関連する本を見つけたら、手に取って最初と最後の数ページを読んでみます。最初と最後に無理なく共感できる本であれば購入して、中身をじっくり読みます。最初の部分は共感できるけど結論が漠然としていて実効性がない場合もあるので、結論も確認するようにしています。
本を読むのは家族が寝た後の30分くらいです。読むスピードが速いわけではないので、1回目は手帳にまとめるためにさっと読み、2回目が本番のようなイメージです。はじめから全ページを順番通りに読まなければならないというような考えは持たないようにしました。
この読み方は、オリエンタルラジオの中田敦彦さんが「中田敦彦のYouTube大学」の中で齋藤孝先生の『大人のための読書の全技術』(KADOKAWA)を元に紹介していた方法を、自分流にアレンジしてみたものです。
(※編集注:該当の動画は本稿掲載現在は非公開)
--読書をするモチベーションは何でしょうか
大下氏:自身の劣等感から来るものだと思うのですが、以前、自分の中だけで生み出せるアウトプットには限りがあると感じていました。そこで、本から情報をインプットする必要性を感じたので本を読むようになったのがきっかけです。インターネットと本では得られる情報の階層が少し違うと考えています。インターネットでの情報収集も大事ですが、本から得られる情報も大切にしたいです。
私は元々、本を読むのがとてもおっくうに感じるタイプです。しかし、社会人生活の中であっという間に時間が過ぎてしまいます。だからこそ、あえて本屋に行く時間を定期的にスケジュールに入れるようになりました。
読んでいる間はその本に集中しますので、邪念というかネガティブな脳内のノイズが減らせる気がします。余計なことを考えずに読書というシングルタスクに集中する時間を作ることは、私自身のメンタリティ維持にとっても大切です。
納得感のあるミッション・ビジョン・バリューの作り方とは?
--『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』を読んだきっかけを教えてください
大下氏:この本を知ったのは、USEN Smart Worksが設立3期目を迎えるタイミングです。当時は、メンバーのスタンスの共通項や、会社が進みたい方向性、推奨する行動を口頭で伝えていました。しかし、口頭で都度メッセージを発信し修正していくことに限界を感じ、ミッション・ビジョン・バリューの設計と浸透を図ろうと考えていたタイミングでこの本に出合いました。
当時の私はミッション・ビジョン・バリューの設計のやり方も知りませんでしたし、それぞれの違いもあまり理解していませんでした。組織カルチャーをテーマとする本を何冊か比較して、その中で最も共感できたのが『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』です。
--読んでみてどのような感想を持ちましたか
大下氏:「ミッション・ビジョン・バリューを決めればうまくいく」といった理想論ではなく、事業サイクルと組織サイクルを分けて、それぞれに則したカルチャー浸透の進め方を明確に分けて紹介している点に引かれました。
特に心に残っているエピソードが3つあります。まず1つ目は「ミッション・ビジョン・バリュー」でも「ビジョン・ミッション・バリュー」でもどちらでも良いというエピソードです。社会の中で担う役割(ミッション)から描き始めても、世界観(ビジョン)から描き始めても良いことを知り、「そこを変えてもいいんだ」驚きました。
2つ目は「ビジネスモデルとカルチャーモデルは両輪の関係で、事業と組織を両立させる必要がある」というエピソードです。お金の稼ぎ方など事業推進は理解しているつもりでしたが、組織のカルチャーも同時に進めなければならないという内容が非常に納得できました。
最後は、ミッション・ビジョン・バリューの決め方にも複数のパターンが存在すると知れたことです。具体的には、ワントップ型、ボーディングメンバー型、ミドルレイヤー型、ボトムアップ型のように、ミッション・ビジョン・バリューを策定するメンバーのレイヤーによって分けられます。
以前の私は漠然と「ワントップで決めるのは嫌だな」と思っていました。ワントップは自分勝手にどんどん進めてしまうイメージがあったからです。しかしこの本を読んで、ミッション・ビジョン・バリューの決め方にもいろいろなパターンがあることを知った上で、ワントップ型で進めることにしました。最終判断をワントップでするというだけで、誰の意見も聞かずに進めるわけではなく、合議の上で最終判断する立ち位置としてのワントップ型を選択しました。
元々、ミッション・ビジョン・バリューを決めたいと思ったのは私です。しかし当時は、みんなの声を聞きながら進めるべきか、あるいは自分主体で決めるべきなのかを迷っていました。結果的に「みんなの合意を取りながら進めるよりも、ミッション・ビジョン・バリューを決めたい自分の気持ちを大事にしよう」と納得して進められました。
--その後はどのようにミッション・ビジョン・バリューを決めたのでしょうか
大下氏:自分の気持ちを主軸に決めるという方向性は定めましたが、社内メンバーの同意も必要だったので、コミュニケーションを密に取れるように6人のメンバーを選出しました。
最初に、Eラーニングの動画コンテンツをいくつか私が選んで、「これからミッション・ビジョン・バリューを決めます。プロジェクトに参加したい人はこのコンテンツを見て、レポートを送ってください」と全社員にお願いして、その後、提出されたレポートの名前や、役職、社歴などを隠して、内容だけを比較しました。最後にふたを開けてみると、選ばれたメンバーの中には新卒入社1年目の社員もいましたよ。
最終的にこの6人のメンバーでミッション・ビジョン・バリュー・カルチャーの4項目を決めることになるのですが、ミッションやビジョンはどちらかというと社会経験が豊富な部長レイヤーの発言を重視し、反対にバリューやカルチャーなど現場に浸透させたい項目は若手の現場レイヤーの方の発言を重視しました。半年くらいかけて、それぞれの言葉を集約していったイメージです。
その傍ら、社内向けに「ミッション・ビジョン・バリュー・カルチャーを決めるプロジェクトは今こんな段階です、いかがでしょうか」というアンケートを毎月のように実施しました。これによって全社員にプロジェクトが進行していることを示し、可能な限り社内を置き去りにしない仕組みも考えました。
マクドナルド・メルカリ・SHOWROOMに学ぶ組織カルチャー
--この本を読んで、ビジネスに生かせるポイントはありますか
大下氏:ミッション・ビジョン・バリューの決め方を紹介する書籍はいくつかありますが、多くの場合「べき論」になりがちです。中にはアカデミックな内容が続く本もあります。
もちろんそういう本も勉強になりますが、唐澤さんの『カルチャーモデル』は、マクドナルドやメルカリなどの実例が掲載されています。実務にすぐに生かせる点が優れていると思います。また、ミッション・ビジョン・バリューの策定フェーズだけでなく、実行や浸透のフェーズにも活用できると思います。
当社の場合は、ミッション・ビジョン・バリューを事業モデルや既存文化に合わせて設計できたので、新卒や中途採用のためのメッセージや、講演などで自社を紹介する軸が生まれました。「当社っぽさ」が作れたように感じます。いまでは毎月カルチャーアワードを実施するなどして一定程度は自走できるところまで進みましたが、まだまだ自分も含めて常に実現できている状態になったわけではありません。これからも日々精進していかなければならないと感じています。