京セラは2025年2月18日、通信インフラ事業への再参入に向け、AIを活用した5G仮想化基地局を開発していることを明らかにしたほか、基地局など無線アクセスネットワーク(RAN)のオープン化普及促進に向け「O-RU Alliance」の設立も打ち出しています。→過去の「ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革」の回はこちらを参照。
携帯電話市場が減速傾向にあり、RANのオープン化に向けた取り組みが勢いを失っている中にあって、なぜ京セラは現在のタイミングで、通信インフラ事業へ再び参入しようとしているのでしょうか。
NVIDIAの汎用サーバでAI活用の5G仮想化基地局を開発
2023年にコンシューマー向け携帯電話端末事業からの撤退を発表し、大きな驚きをもたらした京セラ。現在、同社の端末事業は法人向けに絞って展開がなされていますが、実は京セラはかつて、端末だけでなく無線通信インフラ事業も手がけていました。
中でも良く知られていたのがPHSのインフラで、日本だけでなく中国や台湾など海外にも展開していたほか、WiMAXなどの無線ブロードバンド規格が注目された2000年代には、やはり同社主導で無線通信規格「iBurst」を開発し、世界十数カ国で展開されていました。
しかし、その後に無線通信は標準化団体の「3GPP」の規格に沿った携帯電話由来のモバイル通信が主流となり、そこではエリクソンやファーウェイ・テクノロジーなど大手通信機器ベンダーが市場を寡占したこともあって、すでに京セラの通信インフラ事業は存在感を失っています。
その京セラが2025年2月18日、再び通信インフラ事業への参入を打ち出し、AIを活用した5G仮想基地局を開発していることを明らかにしています。
携帯電話の基地局などのRANは、基本的にスマートフォンなどの端末と無線通信するRU(Radio Unit)と、RUで受信した無線信号を処理するDU(Distributed Unit)、そしてDUで処理したデータをコアネットワークとやり取りするCU(Central Unit)の3つに分かれているのですが、このうちアンテナなど物理的な設備が必要なRUを除いたCUとDUは、汎用のサーバと専用のソフトウェアで代替する「仮想化」という取り組みが進められています。
京セラが今回開発を打ち出したのは、そのCUとDUを仮想化した「vRAN」と呼ばれるもの。これはNVIDIAの「GH200 Grace Hopper Superchip」を用いた汎用サーバ上でvRANを実現するもので、大きな特徴の1つはAI技術の導入です。
AI技術を取り入れることにより、環境に応じてトラフィックの分散や周波数の最適な割り当て、電力制御をすることで通信品質の改善と省電力を実現するとしています。
2つ目は「MORAN」。これは1つの基地局を複数の携帯電話会社で共有する、インフラシェアリングに対応しやすい仕組みを備えたRANのことを指します。最近は国内でもインフラシェアリングに向けた取り組みが進められているだけに、携帯電話会社のコスト削減に寄与するとしています。
オープン化した設備で高い品質を実現できるか
そしてもう1つ、京セラが5G仮想化基地局の開発と同時に明らかにしたのが、通信ベンダー6社と「O-RU Alliance」を設立することです。
京セラが再び通信インフラ事業に挑戦する契機となったのには、基地局のオープン化という潮流が大きく影響しています。
携帯電話会社が導入している基地局は現在、その大半が特定の通信機器ベンダー1社の仕様で構築されたもので、携帯電話会社は一度その会社の設備を導入してしまうと、他の設備を導入するのが難しくなるという課題を抱えており、それが通信機器ベンダーの寡占へとつながる要因にもなっています。
そこで、携帯電話会社が中心となって基地局の仕様をオープン化する「O-RAN Alliance」が設立され、その仕様に沿って複数のベンダーの機器を接続可能にする、基地局のオープン化という潮流がここ数年のうちに起きているのです。
この流れは大手ベンダーによる寡占を崩し、より多くの企業にビジネスチャンスを生む可能性があることから、京セラもオープン化の流れに乗って通信インフラ市場への再参入を打ち出したといえるでしょう。
しかし、5Gで新たな需要開拓が進まず、携帯電話会社の設備投資が低調になっていることもあって、現在は携帯電話会社が新しい設備を導入する動きが停滞。オープン化された基地局の導入もあまり進んでいないのが実情です。
このため、京セラでは導入する携帯電話会社の負担を減らすべく、O-RAN Allianceの仕様に準拠したRUを提供する複数の通信機器ベンダーとO-RU Allianceを設立。
京セラが提供するCU/DUを参画メンバーに開放して相互運用テストを実施するほか、京セラが参画メンバーにベースバンド部分を提供するなどの取り組みを進めるとともに、将来的には携帯電話会社がオープン化された基地局を導入する上で最も手間となる、設備同士の相性を検証する作業を省略できるよう、何らかの認証制度も用意したいとしています。
京セラはさらに今回の発表に合わせ、2025年3月にスペイン・バルセロナで実施される携帯電話業界最大の見本市イベント「MWC Barcelona 2025」にも出展することを明らかにしており、取り組みの本気度合いを見て取ることができます。
一方、気になるのはすでにオープン化、仮想化技術を取り入れた基地局を持つ企業は国内外を問わず多く存在すること。むしろ現在のタイミングで参入を表明し、まだ基地局を開発中という京セラはかなり後発でもあるのです。
この点について、京セラのKWIC 副統括部長である堀正明氏は「O-RAN(Alliance準拠の基地局)がこの業界で採用されるための壁を破っていかない限り、将来はないと考えているが、本当にO-RANの使用に責任を持てるベンダーがまだ存在していないから、やはり採用されないんだと考えている」と話しています。
携帯電話会社が基地局のオープン化に求めるのはコスト低減である反面、複数ベンダーの機器を用いるため導入後のネットワーク安定性に不安を抱く向きが強いことから、京セラとしてはオープン化技術を採用しながら、携帯電話の要求水準を十分満たす水準のインフラを提供することが、商機になると考えているようです。
幸か不幸か、RANのオープン化は盛り上がりの一方でビジネスはまだあまり立ち上がっていないだけに、京セラにも今後ビジネスチャンスが十分あるといえるでしょう。あとは通信市場の設備投資の回復、そして携帯電話会社が求める品質を“有言実行”で実現できるかが、同社の通信インフラ事業の再参入には大きく影響してくるといえそうです。