ダイバーシティの数より、インクルージョンの質を
いまだに日本では「ダイバーシティへの対応」という言葉が飛び交っています。しかし、グローバルではすでに「ダイバーシティ」単体では語られなくなっています。筆者が受け取ったある大手メディアからのメールに、「女性活躍推進がダイバーシティの鍵だ」といった趣旨が書かれており、その視点の狭さに苦笑してしました。
今、世界が求めているのはダイバーシティの先にあるインクルージョン(Inclusion:包含)です。単に多様な人材を集めて組織の見た目を変えるダイバーシティだけでは、同床異夢で、イノベーションは起きません。
例えば、多様な人材を集めたものの、結局は声の大きい意見に同調せざるを得ず、異能が死んでいく形だけの会議があります。多様な個性が、その能力を最大限に発揮し、組織に包含され、そして、活用されて初めて価値が生まれます。
さらに最近では、ここにエクイティ(Equity:公平性)を加えた「DEI」、あるいは心理的安全性を加えた概念がスタンダードとなり、ボストン・コンサルティング・グループやマッキンゼーも、ESG経営の核心としてこのインクルージョンを位置づけています。
ただ、それだけでは、名和高司氏がおっしゃっているように、基準演技=どの企業も実績することなので、企業競争力は作れないです。
AI時代にこそ問われる、人間ならではの内面的な多様性とAIインクルージョン
多様性には、性別や人種といった「外的なもの」と、経験や考え方という「内面的なもの」があります。日本での議論はどうしても、目に見えやすい女性管理職比率などに偏りがちです。筆者はマーケティング畑が長く、どちらかという女性の方が多い環境で仕事をしてきました。今、私たちが向き合うべきは思考の多様性です。
特に生成AIが普及した現在、平均的な答えや効率的な処理はAIが肩代わりしてくれます。しかし、AIは驚きを与えてくれません。
経営戦略で著名な楠木建先生曰く、AIの結果は中央値だそうです。そうなると、人間に求められるのはAIにはない独自の視点や異なる経験の掛け合わせです。ちょっと前ですが、2018年のBCGの調査やハーバード・ビジネス・レビューの研究が示す通り、女性リーダーや多様なバックグラウンドを持つ層がイノベーションに貢献するのは、単に属性が違うからではなく、それによって組織の思考プロセスに揺らぎが起き、AIには出せない異質なアイデアが生まれるからに他なりません。
インクルージョンが不可欠な3つの理由:AI共生時代の視点
なぜ今、改めてインクルージョンが重要なのか。そこには3つの明確な理由があります。
新結合によるイノベーション
古典ですが、経済学者のシュンペーターが説いた「新結合(neue Kombination)」こそがイノベーションの本質です。離れた知識同士を組み合わせるほど、そのインパクトは大きくなります。インクルージョンが機能している組織では、異なる専門性や文化的背景を持つ個人の知識がぶつかり合い、AIが学習データから導き出す確率的に正しい正解を超えた、破壊的なアイデアが生まれます。
意思決定における「認知バイアス」の緩和
人間には、直感や経験による認知バイアスが避けられません。例えば、以下のような認知バイアスがあります。
類似性バイアス:自分に似た人を評価してしまう
確証バイアス:自分の仮説を支持する情報だけを集めてしまう
アンカーリング:最初の情報に引きずられる
損失回避:変化によるリスクを過剰に恐れる。
AIもまた、学習データに含まれる偏見(アルゴリズム・バイアス)を増幅させることがあります。多様な視点を持つチームがインクルーシブに議論することで、人間とAI双方のバイアスをチェックし、より客観的で精度の高い意思決定が可能になります。
ジョブ(用事)を解決するプロダクト開発
セオドア・レビットの「ドリルと穴」の格言は、AI時代のマーケティングでも不変です。顧客はドリルではなく、穴が欲しいだけという話です。ドリルに限らず、そのようなサービスがあれば課題は解決します。ユーザーが求めているのは、テクノロジーそのものではなく課題の解決です。
インクルージョンをデザイン思考に取り入れることで、特定の層、例えば開発者目線に偏らない、アクセシビリティに優れた体験を設計できます。多言語対応や文化的な配慮は、もはやオプションではなく、グローバル市場で生き残るための大前提です。
測れないものは改善できない――これからの課題
インクルージョンは、言うは易く、行うは難しです。多くの企業が、従業員が本当に受け入れられていると感じているかという定性的なデータを、ビジネスの成果(KPI)に結びつけることに苦労しています。
いろいろな意見はありますが、日本は今後、急激な人口減少と共に、外国籍住民の比率が高まっていくと予測されています。2070年には約10.8%になるという推計もあります。筆者の地元である川崎市の読売ランド前にも、外国人の住民が増えました。筆者がこの街に移ってきた30年前には考えられない状況です。
これからの日本企業にとって、インクルージョンは社会貢献ではなく、深刻な労働力不足の中で、制約のあるリソースの中、いかに多様な知性を統合して価値を生むかという、極めて現実的な生存戦略になります。
また、AIも急速に発達・普及しています。多様な人間とAIが共生する新しいステージです。ある方は、AIインクルージョンの時代と表現されていました。本当にそうですね。インクルージョンを文化として根付かせることができるか、AIインクルードできるか、それが次のイノベーションの成否を分けることになるでしょうね。インクルージョンの重要性と適応度合いが、ますます広がっています。
