SaaSにはなぜ、標準メニューと上位のサービスメニューがあるのでしょうか?また、RFP(Request for Proposal:提案依頼書)はなぜ競合製品比較を求めるのでしょうか?これらは心理学から説明でき、いくつかのキーワードを知ることでテクニックを学べます。

ヒトの心理は、とても面倒です。しかし実に面白いものです。人間は論理的な生き物のようですが、実はそうでなく、経験と勘に従っている部分が多くあります。筆者も「勘の人」と以前は言われていました。人はまず感情で物事を決め、後から合理的な理由を付けます。

脳科学では、感情は古くからある大脳辺縁系、論理は発展してきた新皮質で処理しているとされています。人間は、大脳辺縁系で実は判断するのです。

筆者はマーケティングを担当してきたこともあり、心理学、特に群集状況のもとで醸成される群衆に特有な「集団心理学」や、個人に対する社会活動や相互的影響関係を科学的に研究する「社会心理学」に興味があり、それなりに勉強してきました。

筆者はまだ会ったことがありませんが、欧米の企業では社会心理学の学位を有する方が社員として働いていることもあると聞きます。それほど、心理学はビジネスの世界に有効なのです。これを理解していると、人間関係にも有効だと思います。

ちなみに筆者はヒトを操ろうと思って勉強しているわけではありません。心理学が好きで勉強していると、大概の方は警戒心を持ちます(苦笑)。筆者はそこまで達人ではありませんので、ご安心ください。

今回は、そんな心理学の中から、理解しておくと役に立ちそうな代表的な7つのテクニックを紹介します。

相対的な比較

冒頭で述べたように、ヒトは絶対的な基準で物事を判断できないと言われています。何かを比較の基準にして判断するのです。相対的な比較の例をあげます。レストランで、とても高級なメニューが一つ設定されています。でも、それは「おとり」であり、その下のそれなりの価格のものを売ろうとする作戦のために用いられます。「あれだけの価格の最高級品があるのだから、その下のリーズナブルな価格であっても、きっと高級でうまいに決まっている」と人は判断しがちです。

SaaSに標準メニューと上位のサービスメニューがあるのも、相対的な比較を用意して、高いものを買ってもらう、または、安いものを安心して買ってもらう、という作戦のためにあるのだと思います。

相対的な比較は、製品やブランドの差別化をするような場合とても重要で、競合をしっかり見定めて、他社とは違うところで価値を訴求する必要があります。また、よくRFPで詳細な機能比較をするのも、これの一種かもしれません。そうしないと判断できないのです。机上の比較は意味がないケースもあり、しっかり優先事項をもち、その上での比較が必要だと筆者は考えます。

アンカリング効果

カルガモの赤ちゃんが最初に目にしたものを親だと思うように、ヒトも最初に見た数字や条件がその後の考えに影響を及ぼすという効果が、アンカリング効果です。船の筏(=アンカー)が降りてしまっているような心理からこの名前が付いています。いわゆる刷り込み効果です。

ここで言えるのは、何事にも、第一印象はとても大切だということです。IT業界の営業でありがちなのが、最初の見込み顧客との会議で、製品の詳細を説明してしまうことです。そうすると、見込み顧客は、この営業は単なる製品売りで、問題を解決するようなソリューションを提示してくれないし、ましてや信頼できるパートナーには程遠いと判断され、その後もその認知は変えられません。

しっかり勉強をして、最初に「こいつビジネスが分かっているな。もう少し話しを聞いてみよう」と思わせないと、良い営業はできないということです。プレゼンの最初の入りも気を付けたいですね。価格の値上げも注意が必要です。前の価格がアンカーになっていますので、付加価値をつけてアンカーを再定義しない限り、「値上げしやがって」という話になります。

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コミットメントと一貫性

ヒトは、自分がコミットメントしたものについては、一貫してそれを守ろうと思います。たとえば、自分の応援するサッカーチームが優勝することを信じる力は、強くなります。それは、そのチームにコミットメントしたからです。

よくあるのが、人事の今年のパフォーマンスプランです。今年何をするかを年度の初めに記述しますが、これは方向性を定める以外にコミットメントをするという意味があります。ただ、コミットメントは心の底からする必要があるので、自分で考えてゴールを設定することが鍵になります。そうでないと単なる机上のゴールになるからです。実際にペンで記載するのもいいかもしれません。

顧客ロイヤルティも、このコミットメントが鍵でしょうね。顧客が、導入事例の協力などで企業にコミットメントしてくれると、その後も余程何か深刻な問題がない限りは、一貫してサポートしてもらえます。

また、ここにはヒトの先延ばし心理も関係しています。ヒトは何かを先延ばしにする心理があります。たとえば、締め切をギリギリに守るヒトや遅れるヒトの多いこと。筆者も、明日からダイエットしようと思いながら、もう何年も過ぎています。ここに自制心を上げるためのコミットメントをすればいいのだと思いますが、なかなか難しいです。コミットメントともに、何かそれを達成したときの報酬があれば効果的にダイエットできるのかもしれません。新しいギターを買ってよいとか。

返報性の原理

他人から何らかの報酬を受けたときに、それに対して何かを返礼しないと、と思う心理です。恩を売るという行為でしょうか。かなり古い話ですが、筆者が最初に米国に出張に行ったとき、ボストンの空港内に花を渡す怪しい軍団がいました。まずは花を渡して、その後にお金を支払えと言ってきました。これが、この返報性の原理を使っているのだと後で気が付きました。後での支払いを心理的に断りづらくする作戦です。

DMの中にペンなどの無償のプレゼントが入っているのも、この原理を使っています。そのDMの効果を高めることを狙っています。やるな、ユニセフ!日頃からいろいろと世話を焼いてくれる人には何か得のようなものが集まるのも、この効果かもしれませんね。

自分の所有しているものを過大評価

これはしっくりくると思いますが、自分で購入や意思決定したものは、自分の中で過大に評価している場合が多いと思います。特に意思決定が複雑で時間がかかるものは、このような傾向があります。

ITの機器やアプリケーションにも、影響しているのではないでしょうか。減価償却や慣れもありますが、長く使い続けるというのは、この過大評価の影響もあります。これを解消する方法はないようですが、常に冷静に市場の同類のものと比較して、自問していく必要があります。そうでないと、ROI(Return on Investment:投資利益率)は高まるかもしれませんが、せっかくの機会を逃すことにもなります。

また、今後サブスクが普及すると、この心理が弱くなるので、もっと頻繁に製品のスイッチが起きると考えます。また、自分のスキルを過大評価するのも、スキルの所有からきているかと思います。

損失回避

上記の過大評価にも近いですが、ヒトは同じ額の利益を得ることから感じる喜びよりも、同じ額の損失を被ることから感じる苦痛の方が、より強く、大きく感じるという心理です。人は合理的ではなく、損失を極端に嫌う傾向があるのです。

筆者の例を出します。筆者はギターのコレクションをしていて、結構高価なギターを持っているのですが、買うときはあまり痛みなくポイっと買うのですが、損するかと思うと、なかなか売れないです(苦笑)。マーケティングの例では、「今だけ限定」「残りわずか」「この機会を逃すと損をする」など、心理(機会損失の回避)を刺激する方法がよく使われますね。

社会的証明

ヒトは自分自身の判断に確信が持てないとき、周囲の他の人々がどのように行動しているかを基準に判断を下すという心理傾向があります。IT製品の購入を検討するときに、事例を見せてほしいというのがこれですね。また、「市場シェアNo.1!」や「○万人が愛用!」といったキャッチコピーは、この心理を刺激しています。

上記の「相対的な比較」と同様に、ヒトは絶対的な基準で物事を判断するのが難しいため、他人が選んでいるという情報を安心材料として利用するのです。アマゾンの☆の数もついつい見てしまいますよね。

これらの心理学を勉強する上で、『予測どおり不合理』(ダン アリエリー著 早川書房)と『影響力の武器』(ロバート・チャルディーニ著 誠信書房)の二冊を推奨します。『影響力の武器』は、大学で勉強された方も多いかと思いますが、いま一度、読み返してみてください。

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