近年日本でも注目される「セールスイネーブルメント」

最近筆者が興味を寄せているものの一つが「セールスイネーブルメント」です。海外ではすでに一般的になっており、日本の企業でも少しずつ注目されてきています。そもそものイネーブルメント(Enablement)の意味は「有効化」で、セールスイネーブルメントとは営業をビジネス成功(=案件獲得、顧客からLTV獲得)のためにready(有効化)にするということです。

筆者が知る古い例では、100年以上前にNCRがセールス教育を始めています。筆者が以前NCRに入社した際にこのことを知りました。IBMの創業者であるトーマス・J・ワトソンもNCRでセールスとして働き、おそらくこの教育を受けたことでそのやり方がIBMにも受け継がれたのだと想像します。

セールスイネーブルメントはその発展形で、セールス教育だけではなくより広いカバレッジがあります。なお、イネーブルメントは何もセールスだけに限った話ではありません。専門職を対象にしており、海外ではマーケティングや、営業を技術でサポートするプリセールスなどにもイネーブルメントチームがいます。日本でも、SEは昔からイネーブルメントが盛んにおこなわれていました。筆者が1987年に富士通に入社したとき、すでにSE教育部がありました。これが今でいうイネーブルメントになります。

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セールスイネーブルメントで焦点を当てる準備4例

セールスイネーブルメントは、人事部門の施策と連携しながら、以下のようなことを焦点に社内サービスを行います。
・プロフェッショナルスキル
・知識
・資料
・新入社員、異動社員向けオンボーディング

単なる教育ではなく、スキルや知識、各種の資料を提供して、営業を戦力化するのです。新入社員や異動社員向けオンボーディングは、戦力の必要最低限の知識を得る入社時、または異動後に集中的に実施されるトレーニングプログラムのことです。人事部門はこれ以外の社員に共通して必要な、プレゼンテーション、英語などのソフトスキルと、管理者を中心にしたリーダシップスキル、企業文化の浸透を図るトレーニングなど、基盤となる教育を実施します。

スキルにおいては、主にプロフェッショナルスキルに焦点を当てます。例えば、有名な営業手法に、見込み顧客へのヒアリング手法である「SPIN」や売れる営業の進め方である「チャレンジャー・セールス・モデル」があります。両方とも古くから使われていますね。

このような外部の手法を評価して、効果があると判断すれば導入するのがよいです。また、CRM、売上見積管理などの導入された営業ツールの活用方法のトレーニングがあります。最近では、アカウントプランを関係者全員で作るためのツールなんかも普及してきました。

知識としては、自社の製品やサービスの知識だけでなく、担当する顧客が属する業界の知識や競合の知識も得ます。業界の知識はとても大事です。売れるセールスはチャレンジャー型とも言われ、このチャレンジャーは見込み顧客に「指導」としてインサイトを提供しながら、共感を得るための「適応」を行います。顧客のビジネスや業界について知らなければ、このようなスキルは身に付きません。

勝った商談だけでなく、負けた商談についてもそのポイントを組織内で共有して、今後に生かすことを行います。負けた商談は担当者としてはあまり触れてほしくないかもしれませんが、共有することで今後の勝率が上がる可能性があり、とても貴重な体験なのです。そもそも商談に100%勝てるわけではなく、何件かは負けるので、精一杯努力はするにしても、負けても勝率を上げる努力をすればよいのです。

資料とは、営業活動のぞれぞれのステージで必要となる、セールスマテリアル、マーケティングアセット、提案書、営業プロセスのガイドライン、契約書のひな型などを、事前に準備して共有することです。また、営業が現場から得た知識で作成した資料も共有化して、知識シェアリングを行います。

実は、ここが営業の生産性に効く大切なところです。マッキンゼー社のレポート『日本の生産性はなぜ低いのか』を読むと、営業の時間の使い方について、日本の典型的なB to B企業とベストプラクティスとを比較しています。

両者の違いは明確で、顧客関連の活動(提案準備など)や営業活動ではない社内業務に日本の典型的なB to B企業が多くの時間を使ってしまい、顧客への営業活動の時間の割合が低かったのです。これでは生産性が低いはずです。必要な資料を容易に入手することができれば、顧客関連の活動の時間を削減できるようになります。自前主義は止め、ベストプラクティスを活用してカスタマイズするということです。

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「勝てる」営業組織に武装化して準備しよう

最近では、営業に特化したコンテンツ管理のツールが普及し始めています。海外ではもう数年前から当たり前に使われています。こうしたツールでは、営業活動のステージごとの資料を管理し、営業が作った資料もアップロードできます。これらの資料を見込み顧客に直接メールで配信でき、かつ、顧客の行動をモニタリング可能です。

例えば、メールを転送したとか、資料の何ぺージまで読んだとかです。ちょっと怖いですよね。それで資料の興味レベルや興味ある部分を確認できるのです。なお、このツールは、インサイドセールスも使用します。

海外の企業を見ていると、セールスイネーブルメントは営業組織内に専門チームとして存在することが多いです。施策を作って実装したり、自分でトレーニングを提供したりします。そして、ベテランの営業スタッフや外部のノウハウを活用しながら、促進していきます。どう組織を作り、何をKPIにするかが重要です。営業組織の責任者は、任せっきりではなく、少なくとも定着するまでは強力なコミットメントが必要になります。

このようにセールスイネーブルメントは、営業を武装化して商談をサポートします。武器がない営業組織は、敗北する可能性が高くなります。なぜなら、競合はセールスイネーブルメントを実施しているかもしれないからです。