企業内の文書(ドキュメント)を検索する技術として登場した「エンタープライズサーチ」は現在、企業システムの「オブザーバビリティ(可観測性)」を確保する技術としての応用が進んでいる。今回は、エンタープライズサーチによるオブザーバビリティの実現が、オンライン上での顧客体験(CX)の向上にどう貢献しうるかについて概説する。

高まる顧客体験の重要性

ここ数年来、企業システムの「オブザーバビリティ(可観測性)」に対する注目と関心が高まっている。オブザーバビリティとは、ITシステム(インフラ、アプリケーション、サービス)を観測(オブザーブ)し、そのシステムで「いま、何が起きているか」を検知、可視化する能力を指している。

このオブザーバビリティに対する注目と関心が高まった理由の一つは、企業がオンライン上で一般生活者や顧客向けに提供しているシステムの「CX」が、市場での企業の競争力を左右するキーポイントになってきたためだ。

人々の暮らしの中にITが深く浸透している今日、法人組織や個人のコミュニケーションや情報収集、購買活動がオンライン上で完結するケースが増えている。そこで、オンライン上(サイバースペース上)でいかに良質なCXを提供できるかが、新規顧客を獲得するうえでも、既存顧客をつなぎとめておくうえでも重要なポイントになっている。

ここでいう「サイバースペース上での良質なCX」を一口にいえば、企業がオンライン上で提供しているシステムが快適に使えることを指す。

電子商取引(EC)サイトを例にとれば、利用者の操作(アクション)に対するサイトの反応が速やかで、利用者の欲する商品がすぐに探せて購入手続きも簡単に行えるような体験が「良質なCX」といえる。そうした体験が提供できているECサイトは顧客から評価され、繰り返し使ってもらえる可能性が高い。反対にに、サイトの反応が鈍く、何をするのにも時間を要するようなECサイトは嫌われ、訪れた人に何も売れずに、すぐに立ち去られてしまう可能性が大きい。

オブザーバビリティのソリューションは、こうしたシステムのCXを観測し、その状態をとらえるための一手として注目を集めている。このソリューションの活用によってユーザー企業は、顧客に向けて提供しているシステム全体を監視・観測し、パフォーマンスの低下などCXに負の影響を及ぼす事象を速やかにとらえ、原因を究明し、対処することが可能になる。そして、エンタープライズサーチのエンジンは、こうしたオブザーバビリティのソリューションを構成する要素技術として応用が進んでいる。

CXの向上にオブザーバビリティが必要とされる理由

ここでシステムのオブザーバビリティとは何かについて、少し説明を加えておきたい。

オブザーバビリティは一般に、次の3つの要素によって支えられるとされている。

①メトリクス:メトリクスとは、システムを構成するリソースの状況(CPU使用率、メモリ使用率、ディスク使用率など)やサービスの状況(レスポンスの遅延、トランザクション量、エラー発生率など)を表す数値データ(数値指標)を指す。オブザーバビリティのソリューションでは、収集したメトリクスとあらかじめ設定したしきい値とを比較し、異常の検知などを行う。

②ログ:ログとは、システムで起きたイベントの履歴情報のこと。オブザーバビリティのソリューションでは、ログを常に監視し、異常を検知した場合にアラートを出して対処・対応につなげるといったことを行う。

③トレース:トレースとは、アプリケーションパフォーマンス監視(APM)の機能のこと。トレース情報によって、複数のサービスコンポーネントにまたがるリクエストの処理フローが可視化され、アプリケーションパフォーマンス上の問題を検出したり、問題の原因を究明したりすることが可能になる。

実のところ、メトリクスやログを使ったシステム監視はかねてより行われてきた。ただし近年、企業が一般の生活者や顧客に向けて提供しているシステムの構造が複雑化の一途をたどり、トラブルの発生時にどこに原因があるかを突き止める難度が増している。

実際、ECサイトはかつて、Webサーバとアプリケーションサーバ、データベースサーバの3層から成るシンプルな構造だった。それが今日では、コンテナなどのクラウドネイティブな技術を使いながら、システムの構成要素を小さな機能部品である「マイクロサービス」としてコンテナ化し(あるいは、クラウド上の機能として実装し)、APIを通じて疎結合するアーキテクチャが主流を成しつつある。

マイクロサービスアーキテクチャは、機能の更新・追加が容易であるという利点があるものの、問題の発生時にその原因がどこにあるかを特定したり、何が原因でどのような問題が起きるかを予測したりするのが難しい。

例えば、ECサイトでは、来訪した顧客が商品カタログの中から自分の欲しい商品を探し当て、その商品を買い物カゴ(カート)に入れて注文を確定し、クレジッドカードなどを使って支払いを行いチェックアウトするといった一連の行動が日常的に行われる。マイクロサービスアーキテクチャを採用したECサイトでは一般的に、こうした顧客の行動に対する処理が、さまざまな開発言語で記述され、異なるOS上で動く数々のサービスコンポーネントの連携によって行われる。

そのため、一連の処理が顧客の満足のいくパフォーマンスで動作しているかどうかを把握するには、すべてのサービスコンポーネントと、サービスを動作させているプラットフォームを監視し、収集したメトリクス、ログから異常を検知する仕組みが必要とされる。また、異常を検知するだけではなく、サービスコンポーネントをまたいだトレースによってリクエストの処理フローを可視化し、開発・運用のエンジニアやSRE(Site Reliability Engineering :Webサイトの信頼性の確保に責任を持つこと)エンジニアが、すみやかに問題原因を特定してコンポーネントの修正を図れるようにする仕組みも必要になる。こうした仕組みを実現するのがオブザーバビリティのソリューションである。

  • ECサイトにおけるオブザーバビリティの実現のイメージ(Elastic Observabilityを使用した例)