第1回ではドラゴンV2がどういう宇宙船なのか、そして古今東西の脱出システムがどのようなものなのかについて紹介した。今回は、ドラゴンV2の脱出システムがどのようなものなのか、そしてドラゴンV2の今後の予定について見ていきたい。

ドラゴンV2の脱出システム

スペースX社のドラゴンV2の脱出システムはどのようなものなのだろうか。

ドラゴンV2では、アポロやサユース宇宙船のようなアボート・タワーは使わず、宇宙船の側面に装備された液体ロケット・エンジンを使う。このスラスターは「スーパードレイコー」(SuperDraco)と名付けられている。ドレイコーとはりゅう座のことで、その語源はドラゴンを意味するラテン語「ドラコ」からきている。ドラゴン宇宙船らしい名前だ。

ちなみにスーパーがあるということは、スーパーじゃないただのドレイコーもあり、姿勢制御用のより小さなスラスターがそれである。ドレイコーはすでにドラゴン補給船に装備され、ロケットから分離後の飛行や、姿勢制御、軌道離脱時の噴射で使われている。

スーパードレイコーの開発は2012年ごろから始まっており、基本的にはドレイコーを拡大したような造りになっている。ただ、当初は鋳造で造られていたが、その後3Dプリンタでの製造に切り替えられている。推進剤にはモノメチルヒドラジンと四酸化二窒素が使われている。この組み合わせは自己着火性を持ち、混ぜ合わせるだけで燃焼を始める。万が一の際に絶対に点火しなければならないからこその組み合わせだ。また軌道上で長く保存できるという利点もある。

スーパードレイコー (C)SpaceX

3Dプリンタで造られたスーパードレイコー (C)SpaceX

アポロやサユースの脱出システムでは固体ロケットが用いられていた。固体ロケットには、確実かつ即座に点火できることや、一瞬にして強力な推力をたたき出せるといった利点があるためだ。ドラゴンV2の脱出システムに、液体燃料のスーパードレイコーが使われる理由としては、まず液体ロケットでも確実な点火や急速に推力を上げることは可能であり、また何より液体ロケットは推力を変化させることができるため、機体の姿勢や、機体、ひいては内部の宇宙飛行士たちにかかる加速度の制御が可能になるという利点があるためだ。つまり、これまでの脱出システムは「せめて生かして帰す」とでもいうべきものだったが、「安全に生かして帰す」ことが可能になる。

スーパードレイコーはドラゴンV2の側面に8基が装備されている。8基をすべて最大出力で噴射した際の推力は534kNで、ドラゴンを2秒で100m、5秒で500mもの距離へ飛ばすことが可能だ。推力は20%から100%の間で可変させることができる。また、最低4基が動けば脱出ができるように、余裕を持たせた造りにもなっている。

また、宇宙船や衛星のスラスターといえば、ノズル部分が外部に露出した無骨なものが多いが、スーパードレイコーは船体と一体になったカウルの中に収められており、洗練されたスマートな印象を受ける。またアボート・タワーのように宇宙船の先端に取り付け、不要になったら投棄する方式ではなく、ロケット・エンジンを宇宙船そのものに組み込み、打ち上げから帰還まで常時装備し続けるというのは、これまでにない新しい方法だ。

脱出と着陸の2つの役割を兼ね備えたスーパードレイコー

スーパードレイコーはまた、脱出時だけではなく、宇宙船が陸上へ着陸する際の噴射でも用いられることになっている。つまりスーパードレイコー、脱出の際の噴射と、着陸の際の噴射の、2つの役割を兼ね備えたシステムとして造られている。これこそが、これまでであれば不要になれば捨てられていた脱出システムを、常備に装備し続ける方法を採用した最大の理由だ。

他の宇宙船や、また無人のドラゴン補給船では、パラシュートを使って海や陸の上に帰還しているが、これだと回収の手間がかかる。一方、ドラゴンV2は地上のある狙った地点の上に帰還することができるように造られている。その着陸の正確さはヘリコプターにも匹敵するほどだという。また地上で回収できれば、船体を、もちろんスーパードレイコーも、整備して再使用することが簡単になる。

ただ、スーパードレイコーに問題が発生することも考えられるので、ドラゴンV2にはパラシュートも装備される。大気圏再突入直後にスーパードレイコーの機能確認を行い、問題がなければそのまま着陸、もし問題があればパラシュートを使った着陸に切り替えることになるという。

また、構想段階だが、火星への着陸でも使用できるとされる。

スーパードレイコーを噴射して地上に着陸しようとするドラゴンV2 (C)SpaceX

スーパードレイコーは、火星など他の惑星の地表への着陸にも使えるという。 (C)SpaceX

今年夏にはロケットからの脱出試験も

5月6日の試験の流れを示した図 (C)SpaceX

パラシュートを開いて着水しようとするドラゴンV2試験機 (C)SpaceX

スペースX社によれば、5月6日の試験はおおむね成功したという。おおむね、というのは、8基のスーパードレイコーのうち1基の推力が、予定より小さかったためだ。同社の発表によると、推進剤の混合比に少し狂いが生じたらしい。ただ、前述したように、スーパードレイコーは4基だけでも脱出は可能なため、十分成功だったといえよう。

同社は続いて、飛行中のロケットからの脱出試験を計画している。今度はケイプ・カナヴェラルの反対側、カリフォーニア州にあるヴァンデンバーグ空軍基地で、早ければ今年の夏にも実施される予定だ。打ち上げるロケットには、この試験専用に造られた、エンジンを3基のみ装備した、特製のファルコン9ロケットが使用される予定で、すでに試験を終えている。

この試験が無事に成功すれば、2016年12月に地球周回軌道へ無人のドラゴンV2の打ち上げを行う。それも成功すれば、2017年にはいよいよ宇宙飛行士を乗せた飛行が実施される予定だ。

米国は2011年7月21日、運用コストの高騰や老朽化などを理由にスペース・シャトルの運用を終えた。それ以来、米国の地から有人宇宙船が打ち上げられたことはなく、国際宇宙ステーションへの宇宙飛行士の輸送はロシアのサユース宇宙船に頼りきりの状況が続いている。だが、サユースよりもはるかに先進的なドラゴン2が無事に就航すれば、米国の有人宇宙開発は復権を果たすことができると共に、有人宇宙活動をより発展させる大きな後押しにもなるだろう。

参考

・http://www.spacex.com/news/2014/05/30/dragon-v2-spacexs-
next-generation-manned-spacecraft ・http://www.spacex.com/press/2014/05/27/spacex-
completes-qualification-testing-superdraco-thruster・http://www.nasaspaceflight.com/2015/05/
dragon-2-pad-abort-leap-key-spacex-test/ ・http://spaceflightnow.com/2015/05/07/photos-spacexs-
passenger-spaceship-flies-on-first-test-run/