「火星の石」というワードがにわかに話題になっています。きたる2025年の万博で、日本政府が目玉展示にするというニュースが出たからでございます。1970年の万博ではアメリカ館の月の石が話題になったので、数百倍遠くにある火星の石で、55年の進歩を見せようということですが、そこで、はて? 火星からのサンプルリターンなんて成功したかしらん? ということで、火星の石について語ってみますよ。

あと200日ほど、2025年4月13日から大阪・関西万博が開催されます。その万博で日本政府は「火星の石」を展示すると発表しました。

日本は2010年、世界に先駆けて小惑星のサンプルをはやぶさ探査機にて採取し、持ち帰ることに成功しています。これは月以外のサンプルを着陸して直接採取としたものとして世界初でありました。ほかには、アメリカのスターダスト探査機が2006年にヴィルト2彗星から吹き出した物質を宇宙空間でとらえ、地球に持ち帰ることに成功しています。また、アメリカは2016年に小惑星ベンヌからのサンプルの持ち帰りに成功しています。

が、火星からのサンプル持ち帰りはまだ行われていません。

火星の直接探査の歴史は古く、1957年の人工衛星打ち上げから10年もたたない1964年には、アメリカの探査機マリナー4号が火星に接近。写真撮影に成功し、1976年にはやはりアメリカのバイキング探査機2機が火星に着陸し、現地にてサンプル採取と分析を行っています。 その後も、アメリカ、旧ソ連、ヨーロッパ、インド、アラブ首長国連邦が次々に火星探査機を成功させています。

なかでもアメリカは5台の火星探査車(ローバー)の運用に成功。最新のパーサヴィアランスは1トン以上の大型ローバーであり、ドリルで火星を掘り、火星のサンプルを採取しています。そして、そのサンプル地球に持ち帰ることになっております。ただ、その、追加で迎えのロケットを送って、ややこしい方法をついて、早くて2033年でございます。えー鳥嶋さんの見事なまとめがあるので、ご参照くださいませ。

ということで、火星で採取された石は、地球に来ておりません。

そうなると、なんでなんやと思いますね。小惑星から持ち帰るのに成功していて、火星探査機はわんさかあって、しかし、持ち帰りはまだおこなわれていない。

その理由は、火星が月より大きく、月より遠いことにあります。火星は地球より小さな惑星ですが、月に比べ2倍の直径があり、表面の重力は月が地球の1/6に対し、火星は2/5。距離は月が38万キロに対し、火星は近いときで6000万キロ、遠い時は4億キロと200~1000倍も遠くにあるのです。火星はロケットで脱出するのにエネルギーが必要ですし、長時間の航行をさせて宇宙船を届けさせないといけないので、難易度があがります。特に前者ですね。小惑星は事実上無重力に近いのですが、火星は着陸も離陸も大変なのでございます。

まあ、それでもなんとかしようというのがアメリカの計画なわけですが、早くて、2033年、しかもドリルで掘ったサンプルなので、石がごろんというサンプルではないでしょう。おそらく。

さて、じゃあ、その火星の石を、なんで日本が展示できるの? 世界のどこにもないのに? というと、火星から飛んできた隕石であるというのが答えなんですな。なんかネットでは「えー、インチキや」という声も聞こえるのですが、インチキではありません。紛れもなく、火星の大地にあった石が、地球にやってきたものなのです。人類がまだやれていないことを自然の力で。

さきほど書いたように、火星の石を宇宙空間に持ち上げるのは、その重力ゆえかんたんではありません。小惑星だとなんかの弾みに飛び出すこともあるわけですが、火星はそうはいかないわけです。

しかし、火星には多数のクレーターがあり、火星に巨大な隕石が何度も衝突したことはわかっています。その大規模衝突の反動は、火星の大地を一部宇宙空間に飛ばすパワーがあるわけでございます。

そうして火星から宇宙に飛び出した石が、巡り巡って地球に落下。隕石となり、かつ日本の南極観測隊に南極で採取されたものが、今回展示されるというわけなんですな。

しかし、なんというか気が遠くなる偶然ですね。だいたいなぜ火星の石だとわかるかという点があるわけです。これについては、他にも火星からの隕石と目されるものがいろいろあるのですが、その特徴として、まず石ができてからの時間の短さがあげられています。

通常の隕石は、小惑星帯からやってきます。小惑星帯は太陽系の誕生した46億年前に形成された微惑星の生き残りと考えられますので、非常に古いわけです。石の年齢は通常、作られた時から放射性物質が壊れ、安定物質に変わっていく割合で調べられます。地球の古い年代もそうして調べられております。結構難しいそうなのですが。

で、火星からの隕石とされているものは、この年代測定でずっと若い年齢が出ているのでございます。あ、ちなみに1個ではありません。数十以上のサンプルが知られています。で、火星からの隕石は、いくつかの特徴があることがわかっています。こちらの東大総合博物館の解説がすっきりとしています。あ、平塚市博物館のものもいいですな。

さて、そんな火星からの隕石ですが、有名なサンプルはアメリカが南極のアランヒルズで採取した「ALH84001」ですね。この隕石を分析したところ、微生物の化石のような構造が見えました。ちなみに41億年前に生成された石ということが分かっていたので、もしこれが実際に生物であれば、火星にも生物が発生したという証拠と共に、地球と同じかむしろ前に火星に生命が誕生した証拠ということになり、ものすごい話題になりました。えー、かれこれ20年以上前の話ですね。しかし、その後、無機的に同様な構造ができることがわかり、生命説はほぼ消滅しています。

ところで、このALH84001に限らず、南極では多数の隕石が発見されています。もちろんこれには理由があって、南極にはなぞの電波がでていて、隕石を引き寄せている……わけはなく!! 南極の特性によるものです。

まず、南極は厚い氷で覆われた白い世界です。樹木もほとんど生えていません。真っ白の中に黒い隕石があると、非常に目立ち、容易に発見できるというわけなのです。

また、南極の氷の中では、石が風化しにくいです。生物による破壊もないのもポイントですね。天然の冷蔵庫で長期保存されるわけです。

また、氷はゆっくり動くのですが、その運搬の吹きだまりなような場所があり、そこには広範囲に落ちた隕石が集められるのです。南極は日本の40倍近くもある巨大な大陸ですが、その一部であってもそういう収集される場所があれば膨大な隕石が一気に採取できます。

この事実に世界で最初に気がついたのは日本で、日本の南極観測を担当している国立極地研究所は、世界最大級の隕石のコレクションを持っているのです。

ちなみに、むかーしここでも書きましたように隕石は売買されており、火星隕石もさすがにちょっと高いのですが購入できます。東京の国立科学博物館だけでなく、全国の科学館や自然史博物館でも火星からの隕石を常設展示しているところも結構あります。

ただ、南極の隕石は民間の採取がほぼできないので、日本、アメリカ、中国などの国家機関が管理しています。ほぼ100%NASAとロシアと中国が監理している月の石と同じです。そういう意味で、みんなで見られる形で展示されるのは珍しいことです。

万博で展示されたら、フーン石か。ではなく、長い時間をかけて地球にやってきた遙かな宇宙のロマンを感じつつ、ぜひ見てもらいたいなあ-と思うわけでございます。