いまから50年前の1969年7月21日(日本時)の正午少し前(米国では20日の夜)、人類は初めて月面を歩きました。米国NASAのアポロ11号で月に行ったんですな。で、それからまもなく2019年7月21日で半世紀を迎えるわけでございます。半世紀前なので、えっと、まあ55歳の人で5歳。リアルタイムで知らんという人が世界の過半数ですねー。はい、年齢不詳のワタクシも知りません。そこで今回は、NASAの公式を中心にあれこれ見て、人類初の月面散歩についてまとめてみましたよ。

  • 月

まずは米国が50年前に、人類最初の月面お散歩することになった経緯をおさらいします。

1.旧ソ連(ロシア)が米国を出し抜き、最初の人工衛星成功

1957年10月4日 旧ソ連(ロシア)が人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打上げに成功。先を越された米国は、直後の海軍の失敗のあと、翌年になんとか陸軍が人工衛星の打上げを成功させます。リーダーはナチスドイツでV2号を作っていた亡命ドイツ人のフォン・ブラウン博士でした(つまりはよそ者の手を借りざるをえなかったのです)。彼は後に月ロケットチームのリーダーにもなります。

2.スプートニク・ショック、米国がソ連に一方的に負ける恐怖

米国は科学技術、宇宙開発で旧ソ連に後れをとって上空を通過する人工衛星を見て「米国全土が核ミサイルの射程距離に入った」ことから恐慌状態になり、これがスプートニク・ショック(Sputonik crisis)と呼ばれることになります。旧ソ連は続いて、宇宙機の地球圏離脱に成功。月の裏側の撮影に成功など、米国を逆なでするように成果をあげます。

3.米国、あわててNASAを発足させる、ソ連は有人宇宙飛行も先に成功

米国は国家あげての必死の科学技術開発・科学教育を進めることとし、その一環で航空研究機関のNACAと陸軍と海軍が各々行っていた大型宇宙ロケット開発を統合したNASAを発足(1958年7月29日)させます。一方、旧ソ連は米国をあざ笑うかのように、1961年4月12日 有人衛星ヴォストークの打上げと帰還に成功し、若干27歳のガガーリンが人類初の宇宙飛行士になりました。

4.米大統領ケネディ、まともな宇宙飛行の実績ないのに「10年で月往復飛行実現」無茶ぶり演説

米国政府は、だだ下がりの国民の士気をあげるために「ええとこ見せねば!」となります。ソ連が有人衛星を成功した直後、1961年5月5日に人工衛星ではないですが、高度100km以上の宇宙空間にシェパード宇宙飛行士を打ち上げました。そして5月25日。当時の大統領ジョン・F・ケネディは米国で有人衛星が成功していないにもかかわらず! アメリカ連邦議会で「10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させる」とぶち上げたのです。これが月着陸計画のスタートになります。時間を切り、カネに糸目をつけず、何が何でもやるぞという宣言です。実際1967年にはアポロ1号のテスト中に火災が起き、宇宙飛行士が死亡しています。それでもすぐに原因を究明して再開。プロジェクトをとめないほど必死だったのですな。

ちなみにソ連も月有人探査を試みますが、こちらは事故で諦め、無人探査のみにしています。米国は競争相手がない中を巨額と大勢のスタッフを突っ込んでの月旅行レースに邁進したのですな。

そうして本当に、10年以内の8年目に実現したのが1969年7月の月面お散歩だったわけです。高度200kmに宇宙飛行士を打ち上げて下ろしただけしかない実績から、38万km彼方の月まで人間を送って、お散歩させて、お土産(月の石)を採集させて、帰還に成功させたんですよね。

成功確率(生還確率といってもよい)は50%という、今なら、ま、やらないだろうプロジェクトでした。

月面お散歩を成功させたアポロ11号の打上げから帰還までの8日間をさらいましょう。そのうち参照するかもなので、データ入れときますよ。

人類初の月面お散歩を成功させたプロジェクト「アポロ11号のスペック」

  • 打ち上げ:1969年7月16日9時32分(米国東部夏時間、以下同じ、日本時は+13時間)
  • 月着陸:1969年7月20日16時17分
  • 月への第一歩:1969年7月20日23時14分(日本では21日12時14分)
  • 地球帰還:1969年7月24日12時50分
  • 打上げロケット サターンV型 3段式、直径10m、全長111m、総重量2700トン
  • 打上げ地:米国フロリダ州ケープ・カナベラル(当時は大統領にちなみケープ・ケネディ)
  • 月着陸地:静かの海(月の北緯0度39分 東経23度30分)
  • 帰還地:太平洋上、北緯11度39分 西経169度9分(ハワイの南西1500km)
  • 月宇宙船(アポロ宇宙船):直径4m、長さ11m、総重量30トン
  • 司令船:コロンビア 直径4m、長さ3.5m、重量6トン、乗員3人
  • 月着陸船:イーグル 直径4m、長さ6.4m、総重量14.7トン、乗員2人
  • 宇宙飛行士:ニール・アームストロング(船長、1930年8月5日生、当時38歳)、エドウィン・オルドリン博士(愛称バズ、1930年1月20日生、当時39歳)、マイケル・コリンズ(月に着陸せず、1930年10月31日生、当時38歳)

「アポロ11号」の打上げから帰還まで

  • 7月10日:打上げカウントダウン開始(以下米国東部夏時間、日本時間は-13時間)
  • 7月15日:燃料注入(液体酸素、液体水素)
    • 宇宙飛行士は午後9時就寝(日本では16日午前10時)
    • 日本では、宇宙飛行士と全く同じスケジュールで動くと、模擬宇宙服を着て、模擬宇宙食を食べ、ホテルで缶詰生活するという人が現れる
  • 7月16日:打上げ場の近隣に見物客100万人が集まる
    • あまりに集まりすぎて半径50マイル以内のホテルはとれず、大勢野宿者がでた。
    • アポロより貧者に施しを! というデモが行われた。代表は招かれて特等席でロケット発射を見ることになった。
  • 同日4時15分:宇宙飛行士3名が起床、朝食、健康診断後8km先のロケットへ
    • 朝食は、恒例のステーキと卵、トースト、コーヒー、オレンジジュース
  • 同日9時32分(日本時22時32分):打上げ
  • 同日12時16分:約6分間のロケット噴射で、月に向かう軌道投入
  • 7月19日13時22分:約6分間の逆噴射で月周回軌道投入
  • 7月20日:月着陸船にアームストロングとオルドリンが移乗
  • 同日13時44分:月着陸船イーグル切り離し、月へ降下開始
  • 同日16時17分20秒(日本時21日5時17分):逆噴射終了、月着陸。静かの海。
    • 第一声「こちら『静かの海基地』イーグルは着陸した」
    • しばらくは船内で休憩・準備作業を行い23時14分(日本時21日12時14分)、アームストロング船長が月に降り立つ
    • 第一声「これは小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」
    • その20分後 オルドリンが月に降り立つ
    • 着陸船から10mほどの場所にカメラ三脚を置く
    • テレビ中継は6億5000万人が視聴(当時の世界人口が36億人程度)
    • 着陸後なかなか出てこないので、どうなっているんだという声があった模様
  • 7月21日1時11分(日本時14時11分):月面散歩終了
  • 同日13時54分:イーグル、月から離陸
  • 同日17時35分:司令船コロンビアとイーグルがドッキング
  • 7月22日16時2分:地球帰還軌道投入
  • 7月24日12時50分(日本時25日1時50分):夜明けの太平洋に着水。米空母ホーネットが収容
  • 8月13日:ニューヨークとシカゴで600万人の大パレード。

着陸したコロンビアは、通常はアメリカワシントン特別区にある、スミソニアン航空宇宙博物館で展示されているが、2019年7月現在は巡回展中。9月2日まではシアトルの航空宇宙博物館で展示されていますな。ワシントンよりだいぶ近いですよ。

さて、アポロ11号の後、月には20号まで行く予定だったのですが、折からのベトナム戦争などもあり「もうええやろ」の声もあり17号で打ち止めとなりました。

このうち13号は事故で月に着陸せずに、危機的状況を乗り越えて、地球に帰還していますな。これは1995年にトム・ハンクス主演で大ヒットし、アカデミー賞も2部門で受賞した映画にもなっており、ご承知の方も結構いらっしゃるかな。

なお、アポロ11号についても、2018年公開のファースト・マンという映画がありますよー。

ということで、人類月面お散歩50周年を前に、データをまとめておきました。アメリカではお祭り騒ぎのようですが、日本でもアポロ11の当時の未公開映像も編集した大型映像の公開もあるようですし、さらにその映画館向け完全版も上映されるようです。当時の音声だけで構成するマニアックな作品。萌えますな。ともあれ、ちょっと楽しみですなー。

では

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。