77~12万6000年前。この65万年間ほどを、近い将来世界中の人が千葉時代=チバニアンと呼びことになりそうです。そう、ジュラシック(フランスのジュラ地方にちなむ)とかデボニアン(イギリスのデボン地方にちなむ)と同じように、チバニアン(日本の千葉地方にちなむ)となるのですな。それはこの時代の記録を残す地層が、千葉県市川市の養老渓谷にあるからなのです。今回は、チバニアンのお話でございます。
2017年11月13日。世間では突然「チバニアン」という言葉が広まりました。いわく、国際会議で地球の77~12万6000年前を調べる場所では千葉が最高! という審査結果がでたからなんですな。この時代を調べるために、わかりやすい、よく研究されている代表的な地層(標準模式地)が千葉県市原市にあるから。というのが理由です。
同じ時代の地層は世界各地にあるわけで、ライバルと競いあったのですが、千葉がよいとなったのですな。で、このままいけば、標準模式地は千葉県市原市、時代の名前はチバニアンということになりそうです。一次審査ダントツ通過で、あと二次、三次とあるそうなのですが、まあほぼ決まりということらしいのでございます。なんかうれしいですな。
ちなみに、地質時代の名前に日本の地名がつくというのは、いままでなかったようなのですね。まあ、近代地質学が、英仏などではじまり、あらかた両国の地名(ジュラシックとか)でつけられちゃっていますからね。残り少ない無名の時代で、しかも日本で地層があり、よく研究されているというのがよかったわけですな。
ちなみに審査にチバニアンを推したのはもちろん日本の研究グループで(まあ地の利がありますからね)、代表は茨城大学の岡田誠 教授です。なお、茨城大学、知り合いの先生もいて好きな大学なんですが、この件については大学のWebサイトにほとんど言及がないです。岡田先生のイベントの紹介はあるんですが。おーい、茨城大学。こんな画期的でうれしいニュース、御学の教授がリーダーですよ。もっと誇ってええんじゃないかい? っていうかリリースデータがあると原稿書くのが楽なのですが(それかい)。
ところでこのチバニアン(仮)の時代切り方、ちょっと不思議ですね。77万年前ってなんじゃらほいというわけでございます。たとえば中生代が終わる6550万年前は、恐竜をはじめ生命の大量絶滅があったときで、地層ではK-Pg境界層にイリジウムが異様に多いのが特徴とされておりますな。イリジウムは隕石に豊富な物質なので、大型隕石の地球衝突が大量絶滅をもたらしたのではと考えられているわけです。
さて、もどりまして77万年前にあったのは、地球の磁気(地磁気)の逆転現象でございます。いま方位磁石を使うとNが北を指すのですが、これがNが南を指してた時代がその前にあったのですな。そして、そのさらに前はNが北、もっと前はNが南…という具合で、何度も地磁気の逆転がおこっていたのです。77万年前は最後に地磁気の逆転が認められるときで、それから現在に至るまで地磁気の向きは一定なのでございます。地磁気の逆転での影響として何があったか? すごく顕著なできごとはなかったようなのですが、オーロラなどは地磁気の影響で見える場所が決まっていますから、オーロラの見え方がちがって、日本でオーロラがよく見えたりということはあったかもしれません。
ところで、この地磁気の向きがひっくり返っていたというのを最初に言い出したのは、なんと日本の研究者なのです。京都帝国大学の松山基範博士が最初に言い出したことなんですな(地質ニュース615号)。彼は兵庫県の玄武洞などを調べ、ある時代の岩石の磁化の方向が、現在のそれとはひっくり返っていることに気がつき、地球の磁場が反転していたことがあるようだと発表しているのでございます。1929年といいますから、昭和4年ですね。
ただ、この松山さんの1928年の説は、なんかのまちがいなんじゃね? ということでほぼ無視されたらしいのですな。しかし1950年代以降になって地球の磁場の研究が盛んになると、松山が言っていたのは本当らしいぞとなってくるわけでございます。1964年にアメリカのコックスさんらが、松山博士の先駆的な業績を記念し、最後の逆磁極だった時期の250~77万年前を「松山逆磁極期」と名付けたのでございます。
ところで、地磁気が逆転してたって、地層を見てどーわかるんでしょう? それに千葉が今回代表になるってのもちと不思議です。
まず、地磁気については、鉄、ニッケル、コバルトは磁性を持ちやすいということを使います。たとえば、磁石の近くに鉄でできたクリップなどを置いておくと、磁石がつくる磁場にあわせてクリップが磁石の性質を帯びます。地磁気でも同じことで、ある磁場のところに、たとえば鉄粉があると、その鉄粉は平均的には、地磁気の方向にそった磁石になります。磁石ですから、近くに方位磁石をもってくれば、作る磁場の方向がわかります。ちなみに鉄は600度程度にすると、磁性を失います。温度が高いとランダムに鉄のかたまりの内部が変化して、磁性を打ち消し合ってしまうんですね。鉄がドロドロにとけるような火山の溶岩は冷え固まる最中に、磁性なしから、その時の地磁気にあわせた磁性へと方向が定まります。松山さんが調べた玄武洞の玄武岩は冷え固まるまでに、その時の地磁気の方向を「記憶」していたんです。溶岩などは磁気ネックレスを近づくと、くっつく程度に鉄分を含んでいることがわかりますので、機会があればお試しあれ!
ただ、溶岩のようにドロドロの高温にならなくても、砂や泥が固まった地層でも似たようなことが起こります。細かな粒子が水に溶けて降り積もり、長い時間をかけてコンクリートのように固まっていきます。そのさい粒子のなかの鉄分などが地磁気を感じ、全体として地磁気の方向に弱く磁性を帯びるようになるんですね。これは、ふつうはわからないようなものですが、微弱な磁気が測定できるようになったことで、研究できるようになったのですなー。近年では超伝導を使ったSQUID素子磁気測定器などが活躍しています。「微小 磁気 測定」などでググるといろいろなメーカーのカタログがヒットします。
ただ、こうした測定器は研究室にあるわけですから、現場から持ち帰らなければいけません。方向がわからなくなったら無意味ですから、地層から慎重に方向を記録しながらサンプルを切りだすということが重要になるわけですね。あー、私には向いてない仕事だ!
ところでそれがなぜ千葉なのか? ですが、千葉県市原市のあたりはこの地層ができるスピードが速かったというのがポイントです。陸地に近い海でどんどん泥が流れ込み、それが1000年で3mという猛スピード(だそうです)で地層を作ったのですな。そして、その地層が隆起現象で地上に現れて容易に観察ができるようになったわけなのです。
スピードがなぜ大事かというと、地磁気が逆転する瞬間がどういうペースで進んだかがわかるからです。この逆転は、地球全体の磁場がひっくり返るのですが、この千葉の地層を調べると長くとも300年で地磁気が反転したことがわかるのです。地層の厚さでいえば1mぶんにあたります。これが1000年で30cmの地層の成長だと10cmの中で調べなければいけないのですから、この地層がラッキーな場所にあたっていたことがわかります。ちなみにそれ以前の地磁気の反転は平均的には1000~8000年くらいかかっていることがわかっています。
それにしても100年とかいう単位で地磁気が反転してしまったということは大事です。その間に地磁気がゼロになった時もあったらしく、磁場がない地球というのが一瞬あったわけなんですね。地球の磁場は太陽からの放射線を防ぐ役割もありますから、生物への影響などがどうだったのか? というのが気になります。そうでなくても渡り鳥などは地磁気を感じながら飛んでいるという研究もありますので、さてそうした生物への影響はどうだったのかとも思うのです。77万年前からいままでは地磁気の反転は起こっていないのですが、さてどうなのか? そんなことをチバニアンな地層は突きつけてくるわけですなー。
ちなみに3万年ほど前に、地磁気がフラフラしたことがわかっています。地磁気の遠足(エクスカーション)と呼ばれる現象で、ニュージーランドのオークランドのあたりの火山による地層の研究などでわかってきています。これは3000年くらいかけておこっていたようです。
いずれにしても、チバニアンといわれるようになった地層は、特に地磁気の研究において重要な時代の証人といえます。1億年前の白亜紀のころには何千万年もの長期間、地磁気の反転がまるでない時代もあったということがわかっているのです。ちなみに地磁気は現在の倍くらい強い時期が続いていたようなんですなー。これは大陸分裂をおこした地球内部のできごととの関係がとりざたされています。
いや、なにしろ、チバニアンは、日本の松山さんがまずは見つけた(松山さんは千葉で見つけたわけじゃないのですが)地磁気の反転という大イベント、それも一番最近のものを教えてくれる。磁場にあん(チバニアン)な地層だということでございます。
なんか、パワースポットとか持ち上げる向きもあるみたいなんですが、地球の磁場のパワーがなくなったことを示す場所なのですな。本当にチバニアンになるかはまだ審査がまっているようですが、研究のうえで重要ということは、研究をしてきた人たちが明らかにしたことなのでして、現場で調べる研究者や磁場測定の技術をあげてきた技術屋さんたちに、まずはおめでとうございますと、寿ぎたいところでございますー。
著者プロフィール
東明六郎(しののめろくろう)科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。