デジタル通貨は、デジタル技術をお金に活用することで、人々の暮らしや経済活動を便利にするものでなければなりません。第3回となる今回は、デジタル通貨が私たちにどのようなメリットをもたらすのか、筆者が座長を務める「デジタル通貨フォーラム」の取り組みを例にしながらご紹介します。

「プログラマブル」なデジタル通貨と「スマートコントラクト」

ブロックチェーンなどのデジタル技術をお金に応用することで、「スマートコントラクト」が活用できると期待されます。スマートコントラクトとは、何らかの条件が満たされた場合に自動的に取引が執行されるようなプログラムを指します。このように、さまざまなニーズに対応できるプログラムを書き込めるようにした、いわば「プログラマブル」なデジタル通貨には多くのメリットが期待できます。

経済取引における最大のリスクは、「お金を払ったのにモノが届かない」「モノを送ったのにお金が支払われない」という、モノとお金のやりとりの時間差に伴うリスクです。こうしたリスクをなくすため、これまでにもさまざまな工夫が行われてきました。例えば、宅配の「代引き」や、証券取引における「証券・資金の同時決済」、いわゆる「DvP(Delivery versus Payment)」も、このような工夫の例です。

ただし、これらは相当なコストをかけて実現されています。例えば代引きの場合は、宅配ドライバーが現金を管理したり、お釣りを用意したりする負担があります。証券・資金の同時決済も、大規模なシステム構築により実現されています。これに対して、デジタル通貨にスマートコントラクトを組み込めば、「モノが受け渡されたらお金を支払う」といった取引を自動的に実行できる可能性が生まれます。これが実現できれば、リスクとコストをおおいに削減できます。

また、これまではモノの流れとお金の流れに関する情報が切り離されており、企業の事務負担を増やす要因となっていました。例えば、納入されるさまざまな製品に対する代金がまとめて支払われる場合には、どの製品の代金として何円が支払われたのかを別途突き合わせながら帳簿の処理が行われていました。これに対し、スマートコントラクトを使うことで、支払い金額と、それが何に対する支払いかといった情報を一括して自動的に処理できるようになるため、企業の事務負担を大幅に軽減できるのではないでしょうか。

さらに、セキュリティトークンや非代替性トークン(NFT)などのブロックチェーン技術を応用した新しいデジタル資産の取引にも、デジタル通貨は有益と考えられます。これらのデジタル資産は、分散型の構造の中で偽造や二重譲渡を防ぎながら移転できる長所を持ちますが、対価の支払いが従来型の技術に基づいているのであれば、そのメリットを十分には発揮できません。この点で、デジタル資産とデジタル通貨の両方にブロックチェーンや分散型台帳技術を応用して、これらの同時受け渡しを自動的に実現できれば、取引の効率化とリスクの削減が期待できます。

デジタル通貨フォーラムの取り組み

筆者が座長を務める「デジタル通貨フォーラム」では、参加企業がさまざまな分科会での活動を通じて、デジタル通貨を用いた経済取引の高度化や効率化に積極的に取り組んでいます。

このうち、「小売り・流通分科会」では、小売企業とメーカーや卸企業との間での商取引にデジタル通貨を活用するための検討を行っています。商取引のデジタル化が社会的要請となる中で、小売流通業でもモノのやり取り、すなわち物流や商流にかかるデータと、支払い側の資金流データを統合的に扱うことへのニーズが強まっています。そこで、同分科会では小売企業とメーカーや卸企業との間での受発注や商品の納入、検品の完了などをトリガーとしてデジタル通貨による支払いが自動的に行われ、また「どの製品に対していつ、いくら払われたか」といったデータも自動的に処理されるようにするなど、取引の効率化や高度化を実現するための検討を進めています。

「セキュリティ実務・決済制度分科会」では、セキュリティトークンとデジタル通貨の同時受け渡しをブロックチェーン上で自動的に実現して、取引の効率化とリスクの削減ができないかを検討しています。もちろん、このような新しい金融取引を実現していく上では、技術面の検討とともに、現行制度の下でこれをどのように実現するかという制度面での検討も求められます。こちらの分科会では、この面での調査研究にも取り組んでいます。

さらに、「NFT分科会」では、エンターテインメント領域におけるNFTのデジタル通貨による取引について検討しています。今後はデジタル通貨に対応したマーケットプレイスを構築していく予定であり、2022年を目安に最初のβ版のリリースを目指しています。

デジタル通貨のメリットとして、しばしば「安全性」や「汎用性」が挙げられますが、現在でも預金は銀行規制や預金保険制度の下で安全性が確保され、企業間の取引などにも使われています。また、現金はどこでも使える汎用性の高い支払い手段です。この中で、デジタル通貨が意義のあるものになるためには、デジタル技術が人々の利便性の向上や経済取引の効率化に役立つために活用されることが大事です。デジタル通貨フォーラムでも、この点を強く意識しながら、さまざまな取り組みを進めています。