もはや映像業界においては欠かせないCG技術を、医療や医学に活かそうと奮闘しているひとりのクリエイターがいる。それが今回登場する現役東大生CGクリエイター・瀬尾拡史氏だ。東京大学医学部に在籍しながら、日本ではあまり知られていない医療CGを制作する瀬尾氏に話を伺った。
――まず、瀬尾さんがどのようなテーマをもって日々研究を行っているのか、教えてください。
瀬尾拡史(以下、瀬尾)「医療や医学といった、研究者が行っている高度で専門的な分野をゲームや映画で使われているCG技術を用いて可視化し、一般の人たちにも理解出来るようにすることをテーマに研究しています」
――なるほど。このテーマを研究しようと思ったのには、何かきっかけがあったのですか。
瀬尾「中学2年生の時に、NHKで放送されたNHKスペシャル『驚異の小宇宙 人体III』という番組をたまたま観たのがきっかけでした。その番組では人間のDNAや遺伝子などを、CGアニメーションなどを用いて、非常に精巧に描いていました。その当時はまだ遺伝子など何も知らなかったのですが、それでも見ていてとても面白く感じ、ずっとその映像が頭に残っていました。その後、高校2年時の生物の授業で、その番組が教材として使われたことで、『これは教育にも使えるんだ』と思い、自分でもやりたいと思うようになりました」
――では、その当時から医療や医学とCG技術の融合を研究していた方がいたということですね。
瀬尾「私もそう思い、インターネットで色々調べたところ、アメリカではその当時から、すでにこのような技術が発達しており、優れた映像がたくさんあったのですが、日本にはそのようなことを専門で行っている会社が、調べた範囲ではひとつも見当たりませんでした。教育機関も探したのですが、それも皆無でした。医療の研究成果からすれば、日本にもアメリカ同様、優れているCG映像があってもいいのに、そういった機関がひとつもないのはおかしいと思い、自分でやってみることにしました」
――"やってみる"というのは具体的にどのようなことを始めたのですか。
瀬尾「教育機関がないので、美術大学に入って医学を独学で勉強するか、医学部に入ってCGを独学で学ぶか、どちらかを選択しなければいけませんでした。私には美術大学に入れるような絵のセンスはないと分かっていたので、CGは専門スクールで学べばいいと考え、医学部を目指しました。また同時に、何かこういった新しい研究を始め、注目され認知していただくためには、メディアや国の機関が注目している東京大学に入るしかないだろうと思いました。なので、東京大学の医学部を目指しました」
――その後、見事に東京大学に合格した訳ですが、CGの専門スクールであるデジタルハリウッドと大学の両立は難しくなかったですか。
瀬尾「東大の医学部では、入学後2年間教養課程があるのですが、そこでの単位の取得方法は当時はかなり自由でした。なので、1年目の最初の半年で2年間で必要な単位数をすべて取得し、1年目の冬からデジタルハリウッドの半年間で学べる総合Proコースに入学しました」
――実際にデジハリに入学されて、どのような作品を作ったのですか。
瀬尾「私が最初に制作した作品は『Celluar World~細胞の世界~』という作品で、細胞のなかにある様々な物体を描いたものです」
――この作品を作るにあたり苦労した点はどこですか。
瀬尾「医療関連のCG映像を作るにあたり、自分のなかで『演出はするが、創作はしない』と決めています。最低限の科学のバックグラウンドは絶対に崩したくありません。しかしそうしてしまうと、通常のCG作品と違って物語の核となるキャラクターがひとつも出てきませんので、それだけで作品としてつまらなくなってしまいます。また、科学の正確性ばかり追求してしまうとまったく面白みのないものになってしまうという点も苦労しました」
――具体的には作品を飽きさせないために、どのようなテクニックを用いたのですか。
瀬尾「作品に出てくる物体ひとつひとつを生き生きと見せることに注力しました。この作品を良くみてもらうと分かるのですが、物体がすべてまるで生きているかのように動いているんです。この作業は相当大変でしたね。この技術は、プロのCGクリエイターの方から作り方に関しての質問もいただくほどでした」
――そのほかに工夫した点はありますか。
瀬尾「映像の色遣いについては、色のグラデーションが綺麗な海中写真や熱帯の植物などを参考にしました。また、カット割や文字を出すタイミングなどを学ぶために、ゲームや映画の予告映像をコマ送りにして数多く観ましたね」
――医療・医学関係以外の研究においても、こういったCG活用は有効だと思うのですが。
瀬尾「私のバックグラウンドが医学なので、今は医学関連のCG映像を作っていますが、最近では、化学や物理の世界でも活用したいというお話も耳にしているので、今後、専門的な研究全般を扱えるようになれればいいなと思っています」
――将来の目標として、何か制作してみたいものはありますか。
瀬尾「これはまだ、可能であればという次元の話なのですが、理科が好きな子供が観れば『もう本当に大好き!』と感じ、理科が嫌いな子供が観ても『なんかわからないけど、ちょっと面白いよね』と思えるような壮大なスペクタクルの人体ムービーを作ってみたいです(笑)」
――今後の具体的な予定として決まっていることがあれば教えて下さい。
瀬尾「東京大学医学部の6年生になったので、この1年間は医師国家試験に通るために、猛勉強することが最優先です」
細胞のCG映像以外にも、司法解剖の鑑定書に添付する日本初となるCG画像や、裁判員裁判第1号事件で検察側が証拠として使用した、遺体の状況をわかりやすく説明するためのCG映像などを制作し、今や日本の医療CG業界のパイオニア的存在にもなっている瀬尾氏。最近では、それらの功績が認められ、学業、課外活動、各種社会活動、大学間の国際交流等の各分野で、優れた功績を残した学生に贈られる「東京大学総長賞」と、そのなかからさらに優秀な功績を残した学生に贈られる「東京大学総長大賞」も受賞。そんな瀬尾氏は今後、活躍が期待される要注目のCGクリエイターのひとりといえるだろう。
頑張っている同期の姿をみるとパワーをもらえる
今回お話を伺った瀬尾氏は、デジタルハリウッドの卒業生だ。瀬尾氏がデジタルハリウッドに入学して良かったと思う点はどういったところだろうか。
「ただCGソフトの使い方を学ぶだけなら、別に学校に通う必要はありません。私がデジタルハリウッドを卒業したのは2006年ですが、優秀な同期からはすでに『テレビCMのこのカット作りました』とか『映画のこのシーンのCG作った』といった話を聞きます。そのような同期がいるとパワーをもらえますよね。また、講師の先生に対して私がした質問は、ほとんど今まで質問されたことがない類のものだったにも関わらず、それを全部調べて、懇切丁寧に教えてくださったことは大きかったですね」
撮影:石井健