毎日新聞(2012/4/4付)が、「日英両政府は3日までに、武器(防衛装備品)の共同開発に着手する方針を固めた」と報じた。その後、同月10日の日英首脳会談の席で、キャメロン首相からは「武器輸出三原則の緩和で(協力の)範囲が広がっていくので、今後に期待している」、野田首相からは「具体的案件を当局間で確定させていきたい」とのコメントがあった(2012/4/10付の時事通信による)。

つまり、共同開発の具体的な対象分野や製品が決まったわけではなく、これから話を詰めていく段階なのだが、米国以外の国と共同開発に踏み出す流れができたという点で、画期的な出来事といえる。

それはともかく、最初に毎日新聞社の記事が流れた際のネット上での反応がひどいものだった。

なまじ軍事分野に関心がある人は、その知識が邪魔をして「イギリスは変な兵器とダメ兵器ばかり作っている国」という先入観を持ってしまい、「イギリスなんかと組んでどうするんだ」という否定する反応を示したり、「イギリスと組んで変態兵器を作るのか」と茶化したり、という体たらく。一方、「武器共同開発なんてとんでもない」という人の反応はもう言わずもがなである。

そもそも、賛成するにしろ茶化すにしろ反対するにしろ、今のイギリスの防衛産業界がどんな顔ぶれで構成されていて、何を得意としているのか、何を苦手としているのか、ちゃんとわかっている人がどれだけいるだろうか。かなり疑問である。

ということで、今回のニュースで注目を集めることになるかもしれないイギリスの防衛産業界について、ちょっとしたブリーフィングを。

業界再編が進んだが、それでも多士済々

まず、イギリスの防衛産業界のトップに君臨するのは、F-X候補機だったユーロファイター・タイフーンの日本向け売り込みを担当していたことでも知られる、BAEシステムズ社である。タイフーンのことがあり、さらに前身のブリティッシュ・エアロスペース(BAe)のイメージがあるので「航空機の会社」と思われがちだが、それは大間違いである。

BAEシステムズ社は、BAeを源流とする航空機部門以外に、ヴィッカース社を源流とする戦車などの陸戦兵器部門と艦艇建造部門、さらにマルコーニ社を源流とする電子機器部門、といった柱を擁している。イギリスのみならず他国まで見渡してみても、陸・海・空のすべてと電子機器まで手掛けているメーカーは稀だ。

しかも、海外でも積極的にM&Aを進めた結果、アメリカではユナイテッド・ディフェンス社やアーマー・ホールディングス社を引き継ぐ陸戦兵器部門、そして本連載の第68回で取り上げたスウェーデンのボフォース社やヘグランド社など、M&Aによって傘下に収めたグループ企業を世界各地に擁している。正に「防衛関連の製品・サービスは何でもあり」の会社であり、航空機が占める比率はその一部に過ぎない。

ところが、F-X関連の記者会見を行うと、まず最初に「BAEシステムズとはこんな会社です」という説明から始めなければならなかったのだ。このことが残念ながら、日本における同社の知名度の低さを反映していると言えるかもしれない。殊に近年、重要性が増している電子機器の分野では決して無視できない存在なのだが。

そのBAEシステムズと並ぶ存在と言えるのがロールス・ロイス社だが、日本では「ロールス・ロイス=高級乗用車」イメージばかりである。しかしロールス・ロイス社は、軍民の航空機エンジンでも大きな地位を確保しており、全日空のボーイング787はロールス・ロイス製のトレント・エンジンを装備している。

ロールス・ロイスの防衛関連製品の紹介ページ

そして、航空機用エンジンを転用したオリンパス、タイン、スペイといった舶用ガスタービン主機は、海上自衛隊でも多数使われている。さらに原子炉も手掛けており、正にエンジンの大手である。

この2社はそれでもまだ、知られているほうだろう。これら以外にも、実は航空宇宙・防衛分野で活躍している企業がいくつもある。

まず、イギリス軍の研究開発部門がスピンオフして民間企業になってしまったキネティック社。技術面の研究開発に加えて、開発した装備品の試験・評価も請け負っている。さらに民間分野にも進出しており、ウィリアムズF1チームとタッグを組んだこともある(ちなみに、BAEシステムズ社もマクラーレンF1チームと組んだことがある)。

そして、ソナーのような音響兵器、レーダーをはじめとする電子機器を主力としているのが、タレス・グループ傘下のタレスUK社、それとウルトラ・エレクトロニクス社。イギリスは日本と同様、周囲を海に囲まれて大陸国が外洋に進出するのを扼する位置にあるから、シーレーン防衛やチョーク・ポイント制圧のために対潜戦、あるいは対機雷戦といった分野の重要性が高く、それを支える有力メーカーが育つ理屈である。

また、艦艇関連のエンジニアリングなどを手掛けるBMTグループ、元は造船所だったが就役後のサポートを主体とする業態に変わってきているVTグループ(かつてのヴォスパー・ソーニクラフト)やバブコック社、といった面々もいる。

イギリスの企業というよりヨーロッパの国際企業体の傘下だが、先のタレスUK社に加えて、タレス・エア・ディフェンス社(旧ショート・ミサイル・システムズ)やMBDA社といったミサイル・メーカー、レーダーをはじめとする電子機器を手掛けているセレックス・ガリレオ社もある。

これらのうち、MBDAはBAe(英)・マトラ(仏)・アエロスパシアル(仏)などのミサイル部門が合流してできた会社で、BAEシステムズ・EADS・フィンメカニカの各社が株主になっており、タイフーンに搭載する兵装を手掛けている。一方、セレックス・ガリレオ社はイタリアのフィンメカニカ社傘下で、レーダーなどの電子機器製品を手掛けている。

得手・不得手がハッキリしているのが特徴

このように、日本でこそ知られていないものの、さまざまなメーカーが存在するイギリスの航空宇宙・防衛産業だが、「ルール・ブリタニア」を標榜した歴史はいずこへやらで、艦艇建造部門の勢力縮小は著しい。水上戦闘艦や潜水艦はBAEシステムズ社が建造を続けているが、補助艦艇まで手が回らなくなってきている。

そのため、イギリス海軍の新型補給艦建造計画「MARS(Military Afloat Reach and Sustainability)」では、なんと韓国の大宇造船所(DSME : Daewoo Shipbuilding and Marine Engineering)が受注を決めて、イギリスの朝野は大騒ぎになった。先に名前が出たBMTなどのイギリス企業も参画するそうだが、女王陛下の海軍の艦が韓国製になるのは、やはり大事件である。

もっとも、イギリスの艦艇建造所が、落札に至るほど競争力のある提案を実施できなかったためにこういう結末になったわけで、需要が減る中で選択と集中を重ねて、特定の分野に特化する業態になってきているイギリス防衛産業界の実情を如実に示した一件といえる。

その代わり、「これ」と決めた分野については競争力を維持しようと努力しているから、そうした分野で日本とイギリスが互いに長所で短所を補い合うことができれば、このカップリングは意外と良い結果につながるかもしれない。