企業の人事部門でデータ活用が進んでいる。ひとことに“人事”と言っても、その業務内容は採用や育成、評価など多岐にわたり、それぞれに課題がある。それらを解決するために、データを活かす取り組みが進められているのだ。だが、ビジネスの成否を左右する人材と密接に関係する人事部門では、データ活用においてとくに意識しておくべき点があるという。
本稿ではリクルートマネジメントソリューションズ 研究主幹の入江崇介氏に、人事部門における課題とデータ活用の在り方、活用を進めるうえでの留意点などを伺った。
採用における課題とデータ活用
将来従業員となる人材に人事が最初に接するのは、採用のプロセスだろう。採用における課題は、「企業側と応募者側がお互いに良いマッチングができるかどうか」だと入江氏は言う。そこで、採用のミスマッチングを防ぐためのデータ活用が進んでいるのだ。
なぜミスマッチングが起こるのか
採用を進める段階ではまだ企業側は応募者を、応募者側は企業を十分に理解できていない。企業は、応募者のエントリーシートや適性検査や面接の結果などからおおよその人となりを判断することになる。しかし、応募する側は程度の差こそあれ、“自分をよく見せたい”と思う気持ちがあるだろう。そのため、やや背伸びした回答をしている可能性がある。
一方、企業側は応募者に企業理解を深めてもらうために、説明会やインターン、OBOG訪問といった機会を設ける。だが、例えば、インターンでは“インターン用”の業務しか与えられないこともあるため本来の「Realistic Job Preview(現実的な仕事情報の事前開示)」ができているかというと、疑問が残る。
「良いマッチングができるかどうかの鍵は、お互いの情報がきちんと開示されているかという点にあります」(入江氏)
採用におけるデータ活用
採用においては、応募者の性格や能力が自社の求める人材像と合致するかどうかを判断するうえで、適性検査の結果を指標の1つとしている企業も多い。適性検査自体は汎用的なものであっても、自社が重視するポイントに重きを置く、過去の採用者・不採用者のデータと照らし合わせるといったかたちで、結果データの分析方法を自社向けにカスタマイズをすることも可能だと入江氏は説明する。
また昨今、AIを用いた面接を行う企業もある。過去の採用データや自社の人材データなどを学習させたAIを面接官とすることで、 人の主観に依存しない判断ができる点がメリットだ。
とはいえ、「やはり、人と人が話をして得られる情報も大事」だと同氏は説明する。
「AIを用いた面接は、応募者の向き不向きが問われます。面と向かって会話のキャッチボールをするのが苦手な人の場合、AIの方が強みを出すことができます。理想としては、応募者の強みが引き出せる方法を選べるようにするのが良いのではないでしょうか」(入江氏)
リテンションにおける課題とデータ活用
採用した人材の定着率(リテンション)を高める、これも人事の大切な業務だ。リテンションにおける課題は、企業が従業員の健康状態や精神的な状態、仕事に対するモチベーション、ストレスレベルといったコンディションを適切に把握できているかどうかである。だが、従業員一人一人が日々何を思い、どのように感じているかを全て把握するのは難しい。
そのため、パルスサーベイ(短期間に繰り返し行う従業員調査)などを実施し、従業員のコンディションをデータ化・可視化することで、コンディション把握の精度を高める取り組みが進んでいる。
従業員調査の結果データを活用する際の留意点
パルスサーベイのような従業員調査の結果データを活用する場合、1つ注意すべき点があると入江氏は指摘する。それがサーベイデータの信ぴょう性だ。会社から指示されるさまざまなサーベイやアンケートに対し、業務の多忙さからつい適当に答えてしまうといったことは珍しくない。そのような従業員が多ければ、いくらサーベイを実施したところで、正しいコンディションの把握にはつながらないだろう。では、どうしたらよいのだろうか。
こうした事態を回避した企業の事例として、同氏はサイバーエージェントの取り組みを挙げた。同社ではサーベイデータの結果を踏まえ、人事部門が従業員に対し何らかのアクションすることを徹底しているという。ここで言うアクションとは、回答してくれた人への声かけや面談の実施、異動希望の実現などを指す。
「サーベイを実施する際に重要なのは、回答結果をきちんと使うことです。コンディションを正しく答えれば、人事がきちんとアクションをしてくれる。この理解が浸透すれば、サーベイは定着します」(入江氏)
育成における課題とデータ活用
採用した人材の育成は、配属先の部署だけの役割ではない。全体を見据え、適切なタイミングで研修などを実施する業務は人事部門が行うケースが多いはずだ。この育成における課題は、投資効果が把握しづらい点である。
企業である以上、人事の取り組みも投資効果を求められるのは当然だ。だが、人材育成というフェーズでは、効果を正確に測定することは難しい。何かしらの研修を受けた従業員が一定の成果を上げたとしても、それが研修のみに起因するものだとは判断できない。
「例えば、研修を受けた営業の売上が上がったからといって、その全てを育成の成果だとすることはできません。売上の向上には環境要因など、他の要因も考えられます」(入江氏)
育成の成果を見るためのアンケート
そこで育成の成果を測る指標として、研修後の追跡調査をする方法がある。具体的には、研修を受けた本人およびその同僚や上司に対する事後アンケートを行うというものだ。その結果と、実績を合わせて分析することで、より精度の高い効果測定が可能となる。
このアンケートだけで育成の成果を明確にすることは難しい部分もあるが、入江氏曰く、それでもやる価値はあるという。
「『研修での学びを実践していますか』と聞くことは、(研修内容の)リマインドになるため、それ自体が成長を促す効果にもつながります」(入江氏)
異動配置における課題とデータ活用
人は能力を発揮できる場や興味関心の高い分野でモチベーションを抱く。企業にとって、従業員の適切な異動配置(昇進・昇格や配置転換)は大きな課題だ。この異動配置も人事の主要な業務の1つだが、全ての従業員の適性や希望を把握し、適材適所を実現するのは難しい。
異動配置におけるデータ活用の例
そこで考えられるのが、タレントマネジメントシステムの導入だ。これまでの経歴やスキル、本人の希望といった従業員の情報を集約するとともに、どこでどんな人材が不足しているかといった組織の状況と併せて可視化することで、より適切な異動配置を行いやすくなる。
ただし、タレントマネジメントシステムの導入に際しては、注意すべき点が2つある。まずは従業員が自身で入力するデータの質を均質にするということだ。特にフリーテキストでの入力の場合、熱量が高く、文章の量も多い人もいれば、あまり意欲的に回答しない人も出てくる。そこでなるべく回答を選択式にし、一定の質を保った状態でデータを取得できるようにしておくことが望ましいという。
もう1つが、入力する従業員に対するインセンティブの設定だ。リテンションの項でもあったように、適切に回答をすることで異動希望が叶う、あるいは希望するポジションに就くために必要なスキルを把握できるといった“インセンティブ”を用意することが重要である。
評価における課題 - 評価者のバイアスや現実とのギャップ
人事においては、従業員の昇給・昇格や賞与の査定のため、定期的に評価が行われる。通常、従業員一人一人を評価する作業自体はそれぞれの所属部署を中心に行われるが、それが公正な結果となるように全体を統括するのは、人事部門の重要な業務の1つだ。この評価においては、どのような課題があるのか。
評価をする側の課題としてあるのはバイアスだ。評価を人が行う以上、何らかのバイアスが発生してしまう可能性は否めない。甘く評価しがちな人や厳しく評価しがちな人、成果物を見て評価する人やプロセスを見て評価する人など、人によって評価の基準も異なる。評価者トレーニングなどを導入し、できるだけ評価の平等性を保つ努力をしたとしても、全社一律あるいは部署単位での評価基準を設けることは容易ではない。
評価される側にも課題はある。自己評価が高すぎる場合、評価者の評価に不満を覚えるかもしれない。また、自身の成果を明確に示すことができないという人もいるだろう。そこで重要なのが成果の見える化だ。
見える化で評価者、被評価者ともに納得感を醸成
そこで入江氏が推奨するのが、評価における数値化へのチャレンジだ。売上や利益が明確な営業部門などでは数値目標に対し、結果を見て評価するのが一般的だが、バックヤード部門などの評価は抽象化しやすい。
「業務の特性や従事している人の特性に合わせた評価の仕組みにすべきでしょう。仮にバックヤード部門であっても、何らか数値化できる指標を設けられると良いです。例えばシステム部門であれば、リカバリー率やリカバリーのスピードを評価するといったことが考えられます。サービスが止まっては困るのでリカバリーは重要ですよね。会社としてその部署や人に何を頑張ってほしいかによって、評価の軸を決めるべきでしょう」(入江氏)
数値化により、評価される側は自身の成果を明確に示しやすくなる。評価する側も従業員と共通認識を持ちつつ、適切な基準で評価することができるというわけだ。
人事がデータ活用をする際に注意すべきこととは
どの部門がデータ活用に取り組む際も、個人情報の取り扱いに気を付けるといった基本を守るのは大前提だ。入江氏によれば、人事部門では特に3つ、強く意識しておくべき点があるという。
1つ目はデータを使うプロセスがブラックボックス化しないようにすることだ。例えば、AIを評価に用いる場合にも、どのような項目をどう評価するのかという軸は、経営層と人事が共に明確にしておく必要がある。
「評価の理由が分からないと、従業員側の納得感がなくなってしまいます。人事にデータを活用する場合には、重要な部分は人が決める、人が介在することが大切です」(入江氏)
2つ目はデータを用いて得られた成果を従業員にフィードバックし、リターンを返すことだ。
「人事データ取得の目的を従業員にきちんと伝え、収集したデータの分析結果を基に何らかのフィードバックをすることが重要です」(入江氏)
3つ目は、データを適切に活用することである。
「人事がこれまで経験的にやっていたことをデータ化し、PDCAを回すことも大事ですが、データだけが独り歩きしてしまうのは問題です。全てをデータにゆだねることが正しいのではなく、あくまでも業務にデータを適切に使うことが大切なのです」(入江氏)
* * *
人事におけるデータ活用は、採用から評価までさまざまな領域で進んでいる。データを用いることで客観的な判断ができる、より効率的に業務に取り組めるといったメリットがある。データ活用の成果をフィードバックすることで、従業員と人事部門、ひいては企業と従業員との信頼関係もより強固なものとなるだろう。入江氏の見解を参考に、ぜひ人事におけるデータ活用を進めていっていただきたい。
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