日々のビジネスの中で生まれる大量のデータを企業の意思決定や価値創造へ生かす「データ活用」の取り組みは、もはや、全ての企業にとってのミッションと言える。事業環境の変化が加速し続ける中で、組織としての「データ活用能力」をどのように高めていけば良いのだろうか。
本稿では、データ活用に不満や課題を抱える企業がその能力を高めていくために有効と思われる「3つのステップ」から、その二歩目としてデータ活用を組織に根付かせるための環境作りについてお伝えする。
データ整理は「リアルタイム」と「オープン」を意識する
データの棚卸しと可視化が進み始めたら、次の段階として考えたいのはデータ活用の「環境整備」だ。棚卸しの段階で保留していた「データ間の整合性の確保」や「ビジネス上の意味付け」はこのステップで着手する。
このステップでは、分散していたデータを業務プロセスにおける関連性を考えながら整理し、価値のあるデータを活用可能な形式に加工していく。このような、活用をするためのデータ整備の段階で意識すべきなのは、可能な限りデータのリアルタイム性とオープン性を高めることだ。
データのリアルタイム性とは、文字通りビジネスの「今」の状況を把握する上で不可欠な要素である。そしてオープン性とは、経営や各事業に関わるデータを、経営層や一部の管理職クラスやその事業の当事者だけではなく、全社員が見たい時に自由に見られる状態を指す。これは、社内におけるデータの民主化とも言い換えられる。
データのオープン性が高いことは、組織のデータ活用能力を高める上で特に大切な要件である。急激なビジネス状況の変化に企業全体で追従していくためには、経営や一部の管理職だけでなく、現場を含めた全てのビジネスユーザーがデータを通じて状況を把握し、自らのアクションにつなげられる環境が必要なためだ。
このようなデータの整理と意味付けなど、組織にとって価値があるデータのリアルタイム性やオープン性の確保といった作業は、いわゆるITツールの力だけではできない。必要なのは、業務に近い立場でそれに取り組む人材だ。ここで強く推奨したいのが、データ活用のキーマンとなる「データアンバサダー」の擁立だ。
データ活用を推進する「データアンバサダー」
データアンバサダーは、企業におけるデータの民主化とデータ活用文化の定着を推進する役割として、グローバル的に注目されている役職である。
企業によっては、既にCDO(Chief Data Officer)やCIO(Chief Information Officer)といった名称で、データ戦略や情報戦略に対して経営的な側面で責任を担う役職が置かれている例もある。彼らが経営に対して責任を負うのに対して、データアンバサダーはあくまでも現場側を向き、現場におけるベストなデータ活用のあり方を推進していく役割を担う点で、役割が異なる。
組織の中でデータの民主化を進めていく際には、さまざまな問題の発生が予想される。技術的な問題もさることながら、特に大きな障壁となるのは、部署間のセクショナリズムのような、組織風土の問題だろう。
データアンバサダーは、データのオープン性を高めて社内にデータ活用の文化を定着させることをミッションに、技術的な課題の解決策をIT部門と連携して検討するほか、組織内のセクショナリズムを打破する根回しや交渉にも臨んでいくことになる。この役割を果たすためには、業務に対する広い理解はもちろん、データ活用に対する知識と高い目的意識、さらには社内での十分な権限が必要だ。そのため、業務外のいわゆるボランティア的な立場ではなく、専任の役職として擁立されることが望ましい。
「過去に何度かデータ活用の取り組みはあったが、結果的に社内に根付かなかった」という場合、その取り組みが社内の熱意ある数名の社員によってボランティア的に行われていなかったかどうかを自問してほしい。ボランティアのように社員の自発的な取り組みでは、どうしても主業務の合間や業務時間外に行う必要がある。また、交渉の権限がないことも多く、組織的な問題に直面した時点で頓挫してしまう場面も多くなる。さらには、異動や転職のような人事的な変化によって取り組みが立ち消えになるリスクも高い。
データ活用の取り組みは「1回やればそれで終わり」という性質のものではない。企業の目指す方向性や事業環境の変化によって、業務の中で取り扱うべきデータも変化していく。データ活用の姿も、その変化を追従して進化していく必要がある。そのためには、データの活用状況を常に現場視点で俯瞰し、継続的に改善していく役割を担うデータアンバサダーが必要になるはずだ。思い当たる節があれば、改めて専任のデータアンバサダーの必要性について考慮してみる価値がある。
「ITのことだからIT部門に任せる」のは本当に正しい?
「データアンバサダーが必要なことは分かったが、その役割を担えそうな人が社内に見当たらない」という企業は、今すぐ人材育成に取り組むべきだろう。データアンバサダーは組織のデータ活用能力を高めるというミッションを担うため、求められる大切な素養の一つに、自分たちが手がける事業や業務に対する深い理解が挙げられる。その点で、外部に新たな人材を求めるよりも、社内でデータアンバサダーとして活躍できる知識や資質、意識を持つ人材を育てていくほうが近道とも言える。
これまで、データ活用に関連したプロジェクトは、IT関連であるという理由からIT部門が主導役を担うケースが多かったのではないだろうか。IT部門にデータ活用の高いスキルとモチベーションを備えた人材がいるのであれば、それも良い進め方の一例ではある。
しかし、進め方は一つとは限らない。データアンバサダーは現場視点でデータ活用を推進していくと上で述べた。つまり、事業の現場により近いところにいる組織やチームが、推進役を担うこともできるのだ。
一つのアイデアの例は、経理や財務といったファイナンス部門が推進役を務めるというパターンだ。実際に、データ活用を含むDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の機能をファイナンス部門が担い、順調に取り組みを進めている企業も少なくない。
ファイナンス部門がデータ活用の推進役にふさわしい理由はいくつかある。1点目は「社長を含むエグゼクティブと距離が近い」業務を行っていること。2点目は、職務として「全社での事業計画や、各事業部門のビジネス状況に明るい」こと。予算承認においては大きな職責があり、何より日ごろから業務の中で「データを正確に取り扱う」ことに向き合っているという意味でも、適性は高いと言える。そして3点目は「会社組織の中で、最も中立的な立ち位置にある」ことだ。データ活用に際して組織間に生じがちな課題の解決にあたり、この特性は有利に働くケースが多いはずだ。
ここで例を紹介する。ある企業では、経理部門内にDX推進部を設けて、その中にデータ活用の推進とBIツールの効果的な使い方を浸透させる役割を担う事務局を設置した。各事業部門から選出された「パワーユーザー」(各現場のリーダー的存在)と連携を取りながら、ハブ&スポーク型でデータ活用文化の浸透を図っているという。これは、社内に複数の「データアンバサダー候補」を育成していく取り組みとも言える。
今や、データ活用は単なるIT部門の仕事ではなく、組織全体で考えながら取り組むべき課題である。もし、ITに関係することだからという理由で、「データ活用については全てIT部門に任せておけばいい」という雰囲気が社内にあるとすれば、そこから改めて考え直してみる必要があるだろう。次回は、「データアンバサダー」に求められる役割とスキルを詳しく解説していく。