菅直人氏にリーダーシップはあったのか?

『人を動かす』(著:D・カーネギー/発行:創元社)

東日本大震災から1年が経ち、「民間事故調査委員会」がまとめた報告書によって原発事故直後の関係者の様子が明らかとなり、あまりに杜撰な舞台裏に背筋が凍る思いがしました。ひとえに政治主導を掲げた民主党政府におけるリーダーシップの不在です。民間事故調の報告では、原発施設からの撤退を申し出た東京電力に対し、当時の菅直人首相が東電本社に乗り込み一括したことを「リーダーシップ」と評価していますが、私はこれを認めることができません。

今回取り上げるビジネス書は『人を動かす』(著:D・カーネギー/発行:創元社)。菅直人氏への当てつけではなく、同書には、リーダーから新社会人までが身につけるべきノウハウが詰まっているからです。著者はD・カーネギー。初版は1937年と言いますから、今からちょうど四分の三世紀前の古典であり、紹介される事例はいささか古く、第16代アメリカ合衆国大統領のリンカーンが今そこにいるかのように描かれています。しかし、普遍的な内容は色褪せません。

なかでも、「人の立場に身を置く」は、日本社会でとても役立つ「技術」で、新社会人にとっては必須です。ここでは、同書のエッセンスを活用して、特別な「オンリーワン」になる方法を紹介しましょう。

東電のリーダーとして考えると……

民間事故調の評価に首を捻るのは、「人の立場に身を置く」技術が身につくと、もう1人のキーパーソン・東電の清水正孝前社長の立場からも考えてしまうからです。原発が「ヤバイ」状態と言うことは、そこで働く従業員には今生の別れが近づいていることを意味します。つまり「東電のリーダー」として、部下である社員や、協力会社のスタッフの命を守りたいという思いからの「撤退」だったのではないかと。

反対に「撤退するな」と指示することは、部への「死刑宣告」と同義です。東電の事故対応を許す気持ちはありませんが、組織のリーダーとして部下の命が脳裏をかすめ、撤退を口にしたとしたなら、非難の言葉だけで心を満たすことができないのです。

だからといって、免責されるわけではありません。しかし、国民に死ねと命令できるのは国家、すなわち政治だけです。つまり、政府が非常事態宣言を発令し、東電を国家の管理下に置いた後に、東電スタッフに「死んでください」と頭を下げることができたのは菅直人氏のみで、それこそが国家を預かるものとしての覚悟=リーダーシップだったのです。

ちなみに今、少しでも東電を擁護する(その意思はありませんが)と「金を貰っている」などとネットの住民に非難されるので先回りして告白しておきますが、私は東電からお金を貰っています。我が家には私道の持ち分負担があり、そこを通る電線のために私道を東電に貸しており、年間1,238円振り込まれております。しかし、月に100円ちょっとで舌鋒が鈍ることはないと明言しておきます。

社長と従業員で異なる「2万円」の価値

ここで『人を動かす』の出番です。「人の立場に身を置く」とは「情報分析(インテリジェンス)の技術」です。東電と政府がそれぞれの立場で発言するように、それぞれの立場に身を置いて発言の背景を考えることで、見えてくる本音があります。つまり道徳的な教えではなく、取引先も含めた上司や部下の「本音」を知るための実践の妙法が「人の立場に身を置く」。社長と部下と立場が変われば、同じ2万円の意味も価値も異なります。

とある建設業の打ち合わせの席で、1人の社長に「北陸の中核都市まで写真を撮るために同行してほしい」と、ギャランティ「2万円」が提示されました。「素人でも撮れる写真だから無駄なお金を使う必要はない」とやんわりと断ると、同席していた職人(嘱託社員)が口を挟みます。

「会社のクルマで行くから交通費は不要。2万円も貰えれば充分でしょう」

苦笑いしたのは2万円を提示した社長本人。社長は「ダメ元」の半ば冗談として2万円を提示したのです。

零細企業とはいえ、私も社長。月商3万円だったこともある身で生意気かもしれませんが、社長の身柄が1日拘束されて2万円では割に合いません。スタッフを行かせるとしても、身の安全を保証するための旅行保険をかけ、出張手当を支払えば赤字も視野に入ってきます。何より社長自身を安く売ることは、企業価値を下げることと同義です。

建設会社の社長は、これらのことを理解したうえで望みを語ったにすぎません。一方、職人の日当は1万円ほどで、彼にとっては手渡されるお金だけが取引のすべてで、「写真を撮るだけで2万円も貰えるなら充分」と本気で考えも無理からぬもの。その後、建設業の社長は納得いかない様子の職人をなだめるのに苦労していました。

見た目に眠るタカラ

人の立場に身を置いたつもりが「独りよがり」では意味がありません。「ふくよか」だという理由だけで、大盛りご飯をサービスしたら「ダイエット中」だとお叱りを受けるように、よかれと思った行動が裏目に出ることもあります。そこで「人の立場に身を置く技術」を身につけるためにカスタマイズ。「誉める」を心がけます。

「誉める」とは、相手の喜ぶ言葉を伝える作業です。相手を喜ばせるには「自己顕示欲」を刺激するのが最善です。『人は見た目が9割』というベストセラーがありましたが、実際、見た目には、その人の価値観や考え方が表れており、髪型然り、ファッション然り、姿勢や体型もその1つです。

つまり、相手が喜ぶ「誉め言葉」の大半は公開情報に存在します。誰かに「認められたい」「見せびらかしたい」という欲求が外見を作り出すのです。それもまた「自己顕示欲」の仕事です。

自己顕示欲とは程度の違いこそあれ、誰もが持っている本能で、換言すれば「無意識の自慢」です。「誉める」ことに意識を向けると、他人の自慢に気づきやすくなります。そして何を自慢したいかは価値観で異なり、価値観の多様性を理解することで「人の立場に身を置く技術」が磨かれます。

次回も『人を動かす』を頭に置きつつ、「人の立場に身を置く」により新規事業を立ち上げた話を紹介しましょう。そこから「オンリーワン」になる方法が見えてきます。

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。
筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは@miyawakiatsushi