実のところ、スウェーデン空軍は高速道路ではなく一般道路を使用しているのだが、ウケを狙って、こういうタイトルにしてみた。それはそれとして、今回のお題はSTOL(Short Take-Off and Landing)性能にこだわった戦闘機である。

サーブ35ドラケンとは?

一番手はサーブ35ドラケン。ドラケンとは英語のドラゴン、つまり龍のこと。

スウェーデンでは、空軍基地が敵の攻撃によって破壊される事態を想定して、戦闘機を洞窟の中に収容したり、道路の直線部分を利用して離着陸させる分散運用を想定したり、といった手を打っていた。しかし、数千メートルもの直線区間を備えた道路はそうそうないから、せめて1000メートルを下回るぐらいの直線区間で離着陸できるようにしたい。

すると、STOL性能に優れた戦闘機が欲しいという話につながる。しかし、そんなスウェーデン独自の要求に対応できるジェット戦闘機は、そうそうない。「我が国独自の運用環境に適合する既存の装備はない」という説明の正しい使い方である。

しかも、スウェーデンは中立を建前としている。できることなら、自国で開発・生産・維持管理を行いたいところである。

といった事情からサーブ社が開発したのが、サーブ35ドラケン。エンジンはイギリス生まれのロールス・ロイス製エイボンを使用したが、機体の設計はサーブが独自に行った。そして、STOL性を持たせるために取り入れたのが、ダブルデルタと呼ばれる翼平面型。

サーブ35ドラケン

内翼部は後退角85度、外翼部は後退角57度。後退角が切り替わる境界部が内翼と外翼の境界で、ここを境にして外翼だけ取り外せるようになっている。後退角が異なる2種類のデルタ翼を組み合わせているので、ダブルデルタという。

ドラケンだけでなく、スペースシャトル・オービターやコンコルドも、同様の平面型になっている。もっとも、直線的なドラケンと違い、S字型の曲線で前縁を構成しているコンコルドのほうが艶めかしい。いずれも、独立した水平尾翼を持たない無尾翼デルタ機である。

ダブルデルタのマジック

デルタ翼というと、水平尾翼を持たない無尾翼デルタを連想することが多い。その場合、機首の上げ下げは主翼後縁部に取り付けたエレボンを使う。エレボンとは昇降舵(エレベーター)と補助翼(エルロン)をくっつけた造語で、実際の動作も両者を兼ねる。

つまり、左右のエレボンがそれぞれ逆の方向に動けば機体を横転(ロール)させる、補助翼としての働きをする。左右のエレボンが同じ方向に動けば、機首を上げ下げする昇降舵としての働きをする。

ところが、その機首上げ操作が問題。機首上げのために左右のエレボンを上げると、尾部を押し下げる力が発生するだけでなく、主翼が発生する揚力の一部を奪うことになってしまう。

それどころか、水平飛行中でも釣合をとるためにエレボンを少し上げておかなければならない。常時、揚力を少し奪っているわけだ。すると揚抗比の観点からすると不利があって、それは短距離離着陸時の不利にもつながると思われる(実際、ダッソー・アビアシオンでは、無尾翼デルタのミラージュIIIに続いて、離着陸滑走距離の短縮を企図して、普通に主翼と水平尾翼を備えるミラージュF1を開発した)。

では、ドラケンのダブルデルタはどうか。通常は揚力の大半を、後退角が小さい外翼部で発生している。ところが速度が上がってくると、後退角が大きい内翼部でも揚力を発生し始める。また、離着陸時のように迎角を大きくとったときにも、同様に内翼部が揚力を発生させる。

その内翼の前後長は外翼より長く、前側に突き出た位置を占めているから、内翼が発生する揚力の中心は外翼より前方になる。したがって、内翼が揚力を発生するようになると機首上げの力が効いてきて、エレボンを上げて機首上げの力を生み出す必要がなくなる。

その結果として、揚抗比の改善や機動性の向上というメリットを得られる。これを、アメリカでもソ連でもなくスウェーデンのメーカーが考え出して、しかも実用戦闘機として完成させたのがすごいところだ。

ちなみにドラケンは、機首を大きく持ち上げた姿勢で着陸するため、お尻を擦らないように尾部の下面に車輪を付けている。第33回で取り上げたテールスキッドは「万が一、擦った時のため」の備えだが、ドラケンの尾輪は違う。

着陸した時、まず尾輪と主脚で設置することが前提になっている。充分にスピードが落ちたら機首を下げて、尾輪が地面から離れる一方、首脚が設置するという流れ。だから、ドラケンは「首脚と主脚×2本の3本脚」ではなくて、さらに尾輪が加わった4本脚なのだ。

ビゲンとトーネード

ちなみに、ドラケンの次に登場したサーブ37ビゲン(毛染めとは関係ない)は逆に、内翼部の後退角が小さく、外翼部の後退角が大きい主翼平面型を持つ。しかもカナード(先尾翼)付きである。

サーブ37ビゲン

カナードには、「揚力を発揮せず、全遊動式として機首上げ・機首下げの力を生み出すだけのもの」と「揚力を発揮して、かつ後縁部の動翼を動かして機首上げ・機首下げの力を生み出すもの」があるが、ビゲンのそれは後者。

そして、機首の上げ下げはカナード側に依存できるから、主翼後縁部に付いているのはエレボンではなくエルロンである。つまり横操縦(横転)だけを受け持つ。

カナードの追加によって、ドラケンみたいに大きな迎角をつけなくても離着陸できるようになった。しかも、エンジンは戦闘機としては珍しいことに逆噴射装置付きだから、着陸後の滑走距離を縮めるのに効果がある。メジャーな戦闘機で逆噴射装置が付いているのは、ビゲンとパナビア・トーネードぐらいのものだ。

このおかげで、ビゲンはドラケン以上に優れたSTOL性を実現した。ただし、その次に登場したサーブ39グリペンではSTOL性に関する要求を緩和して、逆噴射装置はなしで済ませている。

グリペンもカナード付きのデルタ翼だが、ビゲンと違い、揚力は生み出さないタイプ。グリペンのカナードは全遊動式で、飛行中の機首上げ・機首下げ操作に加えて、着陸後に両方とも前下がりにすることでエアブレーキとしても機能させている。これも着陸滑走距離の短縮に貢献する。

ちなみに、トーネードはF-14トムキャットと同じ可変後退翼を使っている。F-14は空母着艦時に着陸進入速度を落とす狙いから、高速性能との両立を企図して可変後退翼にした。トーネードは陸上から離着陸するが、狙いは同じで、離着陸滑走距離の短縮を狙っている。

どちらにしても、高速飛行時は後退角を増して、離着陸時は後退角を減らす。しかも主翼の後縁はフラップをズラリと並べて、低速飛行時の揚力アップにつなげている。

では、横操縦はどうするかというと、主翼上面に取り付けたスポイラー、それとスタビレーターを使う。左に横転したければ、左主翼のスポイラーを立てるとともに、左のスタビレーターは前下がり、右のスタビレーターは前上がりとする。右に横転するときには逆。この方法はF-14も同様である。