しばらく前の話になるが、ロールス・ロイスから「ロールス・ロイスのAI活用とDX – イノベーション、効率化、数百万ドルのコスト削減」という文書が届いた。それからしばらく間が空いてしまったが、そこで書かれている「エンジン開発におけるデジタル・トランスフォーメーション」の話を書いてみようと思う。

連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

参考 : Future of Digital and AI

さまざまな設計案を迅速に生み出して比較検討する

どんな工業製品でもそうだが、何もないところからいきなり完璧な最終設計案が出てくるわけではない。さまざまな案を出して比較検討したり、その中から有望と判断したものを選び出してリファインしたり、といった作業を繰り返すことになる。

その比較検討に際して、紙の上での計算や設計だけ見て比較すれば済むとは限らない。現物を作って動かしてみなければならないこともある。すると当然ながら、時間と費用がかかる。

そこに変革をもたらしているのが、本連載でも過去に何回か取り上げているデジタル・エンジニアリングということになる。ロールス・ロイスではなくノースロップ・グラマンの話だが、B-21レイダー爆撃機の開発に際してデジタル・エンジニアリングを活用することで、さまざまな設計案を出して比較検討するプロセスを迅速化しているという。

  • ノースロップ・グラマンが開発しているB-21レイダー爆撃機のイメージ 引用:ノースロップ・グラマン

「こちらの案と、こちらの案と、どちらが有望だろうか」あるいは「この部分の設計をこういう風に変えてみたら、結果はどう変わるだろうか」。そういう場面で、モデリングとシミュレーションを活用することで作業を迅速化する。そんなイメージになるだろうか。

その辺の事情はロールス・ロイスも同じ。パラメータを変えたさまざまな設計案を用意して比較検討するプロセスにおいて、デジタル・エンジニアリングや人工知能(AI : Artificial Intelligence)を活用している、というのが同社の説明。使用しているツールは、マイクロソフトのAzure DatabricksやUnity Catalogであるという。

製造や保守におけるAIの活用

第394回で、エンジンの整備におけるデジタル・ツインの活用について取り上げた。基本的な考え方は、「エンジンのデジタル・ツインを構築して、実機に搭載した物理的なエンジンと同じように動作させる。それにより、動作状況の判断や、整備が必要になる時期の予測につなげる」というもの。

また、コンピュータ・モデルの精度を高めるために、現物にセンサーを取り付けて状態監視を行い、そのデータをデジタル・ツインにフィードバックする仕組みを取り入れている。

すると、「このエンジンをこれぐらいの時間だけ運転すると、この部位で故障あるいは部品の消耗が発生すると予測されるため、適切なタイミングで検査や部品交換を実施する」といったオペレーションが可能になると期待できる。

ガルフストリームのビジネスジェット機でおなじみのPearlエンジンでは、エンジン振動ヘルスモニタリングユニット(EVHMU : Engine Vibration Health Monitoring Unit)を備えている。しかも双方向通信の活用により、地上からエンジン・モニタリングの機能を再設定できる。そこにAzure Databricks、AI、クラウド・ベースの分析機能を組み合わせて、10,000以上のパラメータを追跡するのだという。

ちなみに、この話はマイクロソフトのWebサイトでも紹介されている。

参考 : Rolls-Royce saves millions in cost avoidance with Microsoft Cloud for Manufacturing

タービン・ブレードの検査における振動解析と生成AI活用

ロールス・ロイスが、製造工程における具体的な活用事例として挙げているのが、タービン・ブレード。本連載でも書いたことがあるが、高温の燃焼ガスに直接さらされる、クリティカルなパーツである。

そこで、高温によって溶融してブレードがいかれてしまったら一大事だから、ブレードの内部に空洞を設けて冷却用の空気を送り込むようになっている。そこから表面に通じる小さな冷却孔を多数設けて、ブレードの表面に薄い空気の「膜」を作り、ブレードを高温から保護する仕組み。

ロールス・ロイスの説明によると、その冷却孔の検査が月間で最大200万個に達するのだという。1つのブレードに多数の冷却孔が開いているから、ブレードが200万枚あるわけではないが、それにしてもとんでもない数である。

そこでロールス・ロイスでは、振動解析と生成AIを使った「シグネチャー・アナライザ」を導入した。検査の最適化により、検査員は特定箇所の検査に集中すればよくなっただけでなく、機械の稼働率が30%向上、手作業による検査工程のミスで発生するスクラップの削減にもつながったという。

なぜそこで振動解析が? ということで考えてみた。ブレードには多数の冷却孔が空いているから、その冷却孔の形状・サイズが変化すれば、ブレードの振動特性に微妙な差異が生じると考えられる。その差異を検出するとの考え方であろうか。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。