しばらく前に航空分野のニュースをあれこれ見ていたら、ロールス・ロイスの希薄燃焼技術に関する記事が目にとまった。そこで、あれこれ悪戦苦闘しながら調べて、理解した話を記事にしてみたい。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
ロールス・ロイスの「ALECSys」とは
ロールス・ロイスでは、ジェット・エンジンの燃焼改善を企図したALECSys(Advanced Low Emissions Combustion System)というプログラムを走らせている。すでに、トレント1000を改造したエンジンを製作して飛行試験を行うところまで作業が進展している。
もちろん最初は地上試験から始めており、最初の実証機が運転を開始したのは2018年1月のこと。とはいえ、航空機用のエンジンだから飛行試験も必須だ。そこで2022年から、ボーイング747-200(登録記号N787RR)をFTB(Flying Test Bed)に用いて飛行試験を実施している。
2025年の3月に、アラスカのフェアバンクスで寒冷地試験を、アリゾナのツーソンで高温試験を実施したことが確認されている。FTBの写真を見ると、2番エンジンだけ径が大きい様子が分かるが、これがトレント1000を改造したALECSysの試験機。
ALECSysの狙いは、希薄燃焼を通じて窒素酸化物(NOx)や微粒子の排出を抑制すること。このALECSysを熟成して、以前に本連載の第464回で取り上げたことがあるUltraFanエンジンに組み込んでいく考えであるという。
そこで、ちょっとややこしい話だが、NOx発生のメカニズムに踏み込んでみる。
燃焼器の基本的な構造
ジェット・エンジンの燃焼器は二重構造で、外側のケーシングと、内側のライナーからなる。そのライナーの内部に圧縮された空気を送り込み、燃料を噴射して点火すると燃焼が始まる。
そして一般的に、最前部に主燃焼領域を置く構造になっている。その後方で、さらにライナーの外側から内側に向けて空気を送り込んで、2次燃焼領域、3次燃焼領域を形成する。こうすることで、燃焼ガスの温度が適正範囲(タービンが耐えられる温度の範囲)に収まるようにしている。
ただし、そこで燃料と空気が均等に混合していればよいが、実際には分布が不均等になることがある。そうしたムラができると、局所的な高温の部位ができたり、燃え残りの燃料が残ったりする。
すると、排気ガスに燃え残りの燃料や一酸化炭素(CO)が混じってしまう。それは大気汚染の原因になる上に、燃費の面からいっても好ましくない。そこで、完全な燃焼を実現するための技術開発が進んだ。
NOxの排出が増加する問題が明らかに
また、エンジンの効率を改善するために、タービン入口温度を高める技術開発も行われた。それによって確かにエンジンの効率は改善したが、NOxの排出が増加する問題が浮上した。
ジェット・エンジンでNOxが発生する主な原因は、大気中の窒素が高温状態で酸化されること。そしてNOxの発生量は、理論混合比(stoichiometric ratio)が1のときにピークとなる。
そこで考え出されたのがRQL(Rich burn, Quick quench, Lean burn)燃焼器。まず、燃料が濃い状態で燃やしてから、そこに希釈空気を大量に送り込み、燃料の比率を下げて希薄燃焼に移行しようというもの。(なにやらホンダのCVCCエンジンを思わせるものがある)
この狙いは、NOxが発生しやすい領域を避けること。また、燃料が濃い状態で着火するから、燃焼の安定や再着火特性の面で有利となる。ところが、燃料が濃いと煤が発生しやすくなる難点もある。そこで、燃料ノズルまわりの構造に工夫して微細化を促進したり、空気流をコントロールして空気と燃料の混合を促進したり、といった開発がなされた。
希薄燃焼を実現する手法
それなら最初から希薄混合気にしたら、というのがリーンバーン(希薄燃焼)の基本的な考えだが、燃焼の安定性や着火性の面では不利になる。そこで、燃焼の安定性や着火性を優先するパイロットバーナーと、希薄燃焼を優先するメインバーナーの二本立てにするというアイデアができた。
この両者を円周の内外周に分けて配置するのがGEのTAPS(Twin Annular Pre-Mixed Swirler)で、内周にパイロットバーナー、外周にメインバーナーを配置している。また、前後に並べて配置する手法もあり、具体例としてはP&WのASC(Axially Staged Combustors)がある。
このほか、LDI(Lean Direct Injection)という手法がある。TAPSと同様にパイロット・バーナーを内側、メイン・バーナーを外側に配した同軸配置としているが、ノズルを二重構造にして、燃料と空気の両方を燃焼領域に吹き込むのが特徴。
ロールス・ロイスのLDIノズルについて書かれた資料を見ると、同心円の中心から順に、「パイロット大気」「パイロット燃料」「メイン大気」「メイン燃料」という配置になっている。
米航空宇宙局(NASA : National Aeronautics and Space Administration)では、大きなノズルを1つ置く代わりに、小さなノズルをたくさん並べるMLDI(Multipoint LDI)を案出した。燃料と大気の混合を改善する狙いによる。
また、燃焼器ライナーの耐熱性を高めることで、燃焼器ライナーを冷却するための空気流を減らし、燃焼に振り向けることができる。すると燃焼の希薄化、NOxの低減につながるとされる。
ALECSysも希薄燃焼の一手
そこでようやく本題に戻ると、ロールス・ロイスのALECSysは、「燃料と空気の混合を改善した希薄燃焼システムのデモンストレーターである」と説明されている。
具体的には、環境条件とパイロットの推力要件を常に監視しながら、噴射ポイントに供給する燃料と空気の混合を変化させることで、NOxなどの排出を最小に抑え込むのだという。すでに実施した試験では、巡航の際にNOx排出レベルを従来エンジンと比べて半減できたとしている。
航空機用のエンジンは地上から成層圏までの広い範囲で運転する上に、推力の所要が変化する。だから常に一定の条件で動かすわけにはいかず、条件の変化に合わせた最適な制御を行うところがキモになる。すると、「何の情報を取り込んで」「それに基づいてどういう制御をするか」が鍵を握ることになるのだろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。