一般の利用者が乗れない試験車両も含めて取り上げるので、果たして「身近」と言い切れるかというと疑問はあるのだが、外から見る機会ぐらいはあるだろう。ということで今回のお題は、新幹線電車の車体(構体)。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • 500系新幹線電車は、構体の主要部分にアルミハニカムパネルを用いたことで知られている。ハニカム構造は航空機でも多用されている 写真:井上孝司

軽く、圧力変動に強い構体

かつて0系新幹線電車は「翼のない飛行機」と呼ばれたことがあるらしい。確かに先頭部の形状は旅客機の機首を思わせる部分がある。しかし構体の構造は在来線の車両と基本的に同じで、飛行機みたいな構造を取り入れていたわけではない。

しかし試験車両では、飛行機と似た構造を取り入れた事例がある。なにしろ、「軽く作らなければならない」という要求があるし、それに加えて内外の圧力差が変動することで伸縮するところまで似ている。

しかも新幹線電車の構体は、トンネルを出入りする度に圧力変動にさらされるので、繰り返しの回数については飛行機より条件が厳しい。それに加えて対向列車とすれ違ったときには風圧を受ける。

それなら飛行機と同じ構造を試してみたら……という話になったのだろうか。そこで実際に用いられた構造は二種類ある。

ジュラルミンのリベット止め

これは旅客機やその他の輸送機で広く用いられている構造。前後方向と周回方向にそれぞれフレームを組んで、その外側に外板をリベットで固定する方法で形作る。

ジュラルミンとはアルミ合金の一種で、2000系合金(主にアルミニウムと銅で構成する)と、7000系合金(主にアルミニウム、銅、亜鉛、マグネシウムで構成する)がある。軽量かつ高強度というメリットがあるが、溶接性が良くない。そこで溶接しないでリベットで固定する。

飛行機は気圧が低い成層圏まで上昇するものだから、内外の圧力差が大きくなる。それに耐えられるように円形や楕円形、あるいは大小の円形を組み合わせた断面にしている。

しかし、それでは鉄道車両の構体としては使いづらいので、こちらは四角形に近いカマボコ型の断面としている。とはいえ、フレームに外板をリベットで固定して、全体で強度を持たせるという考え方は共通する。

この構造を用いた事例としては、まずJR東日本の「STAR21」(953形)のうち953-2、953-3、953-4、953-5の4両がある。このうち、953-5は現在も、仙台の新幹線総合車両センターで保存されている。JR東日本はこのほか、在来線向けの試験車E991系のうち1両でも、ジュラルミンのリベット止めを試した。

JR東海は、「300X」(955形)のうち955-1で、ジュラルミンのリベット止めを試した。この955-1は現在、滋賀県米原市にある鉄道総合技術研究所の風洞技術センターで保存されており、東海道新幹線の車内からでも見える。

アルミハニカムパネルの活用

合金の薄板で形作ったハニカム構造(その名の通り、蜂の巣と同じ構造をしている)を上下から、アルミ合金製の板材で挟んで固定したパネル。飛行機だと、例えば動翼で用いる事例がある。

試験車の使用事例として、JR東日本の「STAR21」(952形・953形)のうち952-4と953-1の2両、JR東海の「300X」(955形)のうち955-5と955-6、などが挙げられる。このうち955-6は現在、名古屋の「リニア・鉄道館」に保存されている。

しかしなんといっても、量産車としてJR西日本の500系でアルミハニカムパネルを用いた話が大きい。全部で144両である。左右の側壁や床部分で用いたのだが、ことに側面のパネルは湾曲しているから、その分だけ製造が難しかっただろう。

身近ということなら、この500系が筆頭といえる。なにしろ営業車として毎日、山陽新幹線を行き来している。ただし、2027年で運行を終えることが明らかにされているから、乗るなら早いうちがよい。

落ち着いた先はダブルスキン構造

このように、飛行機みたいな素材や構造を試験車で導入した事例はいくつかあるが、後が続かなかった。その主な理由は、コストと製造設備にあると考えられる。

アルミハニカムパネルは、全長25mもある車両全体をカバーできる大きな一枚物を作れないので、分割して製作したものを溶接しなければならない。実際、500系の量産車はそうやって造られている。

リベット打ちに至っては、飛行機の機体構造を製造するのと同じ設備、同じノウハウを持った人手が要る。それでは既存の鉄道車両メーカーの手に余る。実際、「STAR21」では川崎重工業、「300X」では三菱重工業の名古屋航空宇宙システム製作所が製作を担当した。餅は餅屋ということだが、あいにくと鉄道車両メーカーが日常的に作っている餅ではなかった。

その点、二重構造の押出形材を使うダブルスキン構造なら、全長25mの長尺モノも用意できる。ただし幅には限りがあるので、細長い押出材を並べて溶接している。このダブルスキン構造が最適解という話に落ち着き、最近では航空機みたいな構造を持つ構体を使用する事例はないようだ。

  • イギリスのヨークにある国立鉄道博物館では、ダブルスキン構造の構体について現物が展示されていて、「さすが」と唸った 写真:井上孝司

そのアルミ材の接合に際して、溶接の代わりに摩擦撹拌接合(FSW)を使うと、熱による影響を避けられる利点がある。このFSWも航空分野との共通技術だ。

  • 2004年の「国際航空宇宙展」で某社が展示していた、FSWによる構造材接合のサンプル 写真:井上孝司

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。