2024年12月に、アメリカはユタ州のソルトレイクシティにある「ソルト・パレス・コンベンション・センター」で、米国防総省の「メンテナンス・シンポジウム」なるイベントが開かれた。そこで注目を集めた展示の一つが、コールド・スプレー(低温溶射)という技術であったという。。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
FRCSWによる展示を実施
そのイベントの席で、西海岸で米海軍の航空機整備拠点になっているFRCSW(Fleet Readiness Center Southwest、南西艦隊即応センター)が展示したのが、低温溶射を用いた航空機部品の修理。摩耗や欠損が生じた部品を再使用するために用いるのだという。
米海軍航空システム軍団(NAVAIR : Naval Air Systems Command)では、低温溶射の導入によって得られるメリットとして、コストの抑制や即応性の改善を挙げている。また、廃棄物が減るから環境にも優しいとしている。
航空機で多用されるアルミ合金は溶接が難しい素材だが、コールド・スプレーを用いることで作業性を改善できて、かつ、溶接の際に発生する熱の影響も回避できると考えられる。
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メンテナンス・シンポジウムで、FRCSWの材料エンジニアであるジョン・シュナイダー氏(左)とマシュー・チュー氏(中央)が、シニア・エグゼクティブ・サービス(SES)のジョン・エッカート氏にコールドスプレー技術のコンポーネントを紹介している様子 引用:US NAVAIR
コールド・スプレー(低温溶射)とは
低温溶射という名前だけ聞くと、金属の粉末をそのまま吹き付けるのではないかと想像してしまうが、そうではない。
溶射技術自体は長い歴史があるが、先に出てきたのは、燃料を燃やして発生させた熱を用いて金属素材を溶融させて、それを吹き付ける手法。それがフレーム溶射である。
また、プラズマ溶射という手法もある。これは、対向する陰極と陽極の間に電圧をかけて直流アークを発生させて、作動ガスを電離させて高温の熱プラズマを発生させる手法。その熱で金属素材を溶融させて、ガスの膨張を利用して吹き付ける。1万度を超える温度まで上げられるので、融点が高いセラミック素材でも溶射できるのだという。
それに対して低温溶射では、300~900度ぐらいまで加熱したヘリウム(He)などのガスを噴射する。この温度は、金属素材が溶融する温度よりも低く、金属素材は固相状態のままで対象物に吹き付けられる。それが低温溶射と呼ばれる所以であろう。
ノズルの形状に工夫をすることで、噴射されるガス流が超音速流になるが、そこに金属粉末を投入して加速させる。すると、金属粉末は高速で対象物に衝突して、運動エネルギーによる塑性変形が起こる。これにより、対象物の表面に密着率が高い皮膜ができる。速度が遅いと塑性変形が生じるに至らないので、高速のガス流を発生させるところがキモになる。
低温溶射は、フレーム溶射やプラズマ溶射と違って温度が低いので、熱による影響が生じやすい素材にとっては都合がよろしい。
固定式から可搬式に
米海軍では、低温溶射による修理の対象となる部品の例として、ヘリコプターで使用するシャフト、ギアボックス、スキッド・チューブ(スキッド型降着装置を構成するパイプのこと)といった部品を挙げている。
この低温溶射技術を導入してからしばらく経つが、当初に使用していた装置は固定式だった。すると、修理したい部品を機体から外して、装置がある場所まで持っていかなければならない。それでは余計な手間がかかってしまう。
そこで、装置を小型化して可搬式にする開発が行われた。移動式の機材を制作してトライアルを実施したのは、2019年のこと。これにより、低温溶射を行う機器を機体のところまで持って行ける。つまり、マホメットが山に向かって「こっちに来い」という代わりに、マホメットが山に向かうことになるわけである。
こうすることですると、部品を取り外したり、修理した部品を取り付けたりする手間を少なくでき、結果的に機体のダウンタイムが短くなる。すなわち即応性の向上、可動率の向上につながる。また、自動化を取り入れることで、さらなる効率向上を図ったという。
この取り組みを担当したのは、ノースカロライナ州のチェリーポイント海兵航空基地に所在するFRCE(Fleet Readiness Center East、東部艦隊即応センター)。ちなみに、FRCEにはF-35の整備拠点もあるが、F-35の整備補修で低温溶射を使用しているかどうかは不明。
ここから先は筆者の妄想だが。以前に本連載で取り上げた、ロールス・ロイスの “Tornado to Tempest”プログラムでは、用済みになったエンジン部品を金属粉末に加工して、積層造形のための素材にしていた。それができるのであれば、リサイクルした金属素材を、低温溶射で吹き付けるための素材にすることはできないだろうか?
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。