太陽電池駆動の無人機(UAV)というと、第263回で、エアバスのゼファー(元をたどれば英キネティックの機体である)や、BAEシステムズのPHASA-35を取り上げたことがあった。今回のお題は、エアロヴァイロンメントの機体である。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • これはBAEシステムズのブースに展示してあった、PHASA-35の縮小模型 撮影:井上孝司

成層圏での飛行試験に成功した「ホルスA」

エアロヴァイロンメントの機体は「サングライダー Sunglider」というが、10月初頭に成層圏での飛行試験に成功したとの発表があったのは、それを改良したホルスA (Horus A)という機体。ホルスといえばエジプトの太陽神のことで、なるほど太陽電池駆動の機体に似つかわしいネーミングではある。

  • 成層圏での飛行試験に成功した、エアロヴァイロンメントの「Horus A」引用:エアロヴァイロンメント

これも、ゼファーやPHASA-35と同様に、いわゆるHAPS(High Altitude Pseudo-Satellite、高々度・疑似人工衛星)に属する機体。太陽電池駆動によって高高度での長時間滞空を実現、人工衛星の代わりに通信中継みたいな任務を受け持たせようという話になる。

最初のサングライダーが完成したのは2019年のこと。エアロヴァイロンメントでは、もともとは民間向けと官公庁向けの両方を想定していた。ただし今回の改良型・ホルスAは官公庁向けとしているという。

ホルスAをベースモデルと比べると、冗長性や自律性の向上を図っているとのこと。ペイロードは150lb(約68kg)、電力供給能力は1.5kW。開発にはソフトバンクが協力しており、HAPSモバイル、つまり「空飛ぶ基地局」としての用途を考えているようだ。

  • ソフトバンクがJA2024の会場で展示していたHAPSの模型。なにしろ幅が広く、フレームに収めるのに難儀をした 撮影:井上孝司

  • 主翼の前縁に、電動機で駆動するプロペラを複数備えて推進力を得る設計 撮影:井上孝司

エアロヴァイロンメントにおける開発の歴史

エアロヴァイロンメントというと、昨今では自爆突入型無人機「スイッチブレード」が話題になっているが、それだけをやっている会社ではない。さまざまな無人機を手掛けてきた、歴史と実績があるメーカーだ。

実は、エアロヴァイロンメントにおける高高度向け無人機の歴史は長い。

発端は、米航空宇宙局(NASA : National Aeronautics and Space Administration)のERAST(Environmental Research Aircraft and Sensor Technology)計画向けに開発した「パスファインダー」。翼幅99ft(約30.2m)、1995年9月12日に高度50,567ft(約15,413m)に、7月7日には71,504ft(約21,794m)に到達した。

それを改良した「パスファインダー・プラス」が1998年に登場。翼幅を121ft(約36.9m)に拡大するなどの変更を取り入れた。

この「パスファインダー・プラス」は、1998年8月6日にハワイの太平洋ミサイル試験場(PMRF : Pacific Missile Range Facility)で実施した飛行試験で、高度80,201ft(約24,445m)に到達した。その後の2002年末に、高度65,000ft(約19,812m)を飛行しながら、通信中継の実証飛行試験を実施した。このときの対象は、第三世代移動体通信網(3G)であった。

また、翼幅206ft(約62.8m)の「センチュリオン」もある。これは600lb(約272kg)のペイロードを搭載できるバッテリ駆動の無人機で、想定運用高度は80,000ft(約24,384m)。

続いて、「ヘリオス」が登場する。翼幅は247ft(約75.3m)に拡大した。1999年にカリフォルニア州のエドワーズ空軍基地で、バッテリの電力を用いた飛行試験を実施した。

「ヘリオス」はその後に太陽電池を搭載、2001年にPMRFで飛行試験を実施した。2001年8月13日の飛行試験では、高度96,863ft(約29,524m)に到達した。これは、1976年にSR-71ブラックバードが達成した85,068ft(約25,929m)を上回る記録。ただし実運用高度は65,000ft程度を想定している。

ちなみに、BAEシステムズのPHASA-35(PHASAはPersistent High Altitude Solar Aircraft、高高度常駐太陽電池駆動機の意)は、名前通りに翼幅35mだから、「ヘリオス」の半分より少し小さい規模となる。

HAPS作りの難しさ

こうして流れを振り返ってみると、まず「軽量で高くまで昇れる機体」から始まり、動力源については「バッテリ駆動」から「太陽電池駆動」へと駒を進めてきた様子が分かる。一方で、もっと小型かつ安価、お手頃な機体でも、RQ-11レイヴンなどでバッテリ駆動の実績を積み重ねてきた。

そうした蓄積の先に、HAPSみたいな機体が出てきたといえる。HAPSでは、動力源を得るための太陽電池を設置しなければならないから、それなりに大きな表面積が欲しい。そのことと揚抗比のことを考えると、アスペクト比が大きい主翼を備えた機体になるのは必然。しかもそれを、できるだけ軽量に作らなければならない。

また、夜間には太陽電池をアテにできないので、昼間の間に太陽電池からバッテリに充電しておいて、夜間はそれを動力源として飛行する必要がある。エネルギー密度が高い蓄電池と、効率的な電力管制技術は不可欠となる。

そしてもちろん、飛ぶだけでは仕事にならないので、通信中継みたいなペイロードを搭載するスペースと重量の余裕、電力供給能力も必要になる。ペイロードの側も、できるだけSWaP(Size, Weight, and Power)を抑えなければならないのは当然のこと。なにしろ機体側の電源供給能力が限られている。

こうしてみると、通信中継用のHAPSは、なかなか実現が難しい対象ではないだろうか。簡単にモノにならないのも宜なるかな。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。