かつては民航機も航法士を乗務させていたものだが、ボーイング747の登場以降、慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)の搭載が一般化。これで外部の情報源に頼らなくても機位を把握できるようになった。そして、GPS(Global Positioning System)に代表されるGNSS(Global Navigation Satellite System)の出現により、より精確に緯度・経度・高度・速度を割り出せるようになった。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • GPS衛星の最新鋭・ブロックIIIは、打ち上げが順次進行中 引用:USAF

GPS妨害デバイスの登場

ところが、誰かが便利に活用しているデバイスがあれば、それの妨害を企てる輩が出現するのは世の習い。GPSは軍民双方で広く使われているから、それを妨害したり欺瞞したりして機能不全に陥らせることで、敵国あるいは敵対勢力への嫌がらせができる。

ということで、ロシアなどいくつかの国では、GPS妨害装置がいろいろ作られる仕儀となった。そして、そのロシアは2022年の2月にウクライナに侵攻。その頃から、近隣諸国に迷惑をまき散らす事例が発生した。

それが、GPSに対する妨害シグナルの発信。“戦地” であるウクライナでGPS妨害デバイスを使うのはまだ分かるが、ウクライナから遠く離れたカリーニングラードの飛び地近隣などでもGPS妨害が行われているという。

フィンエアー、ヘルシンキ-タルトゥ線を一時休止

その結果、運航休止に追い込まれた定期便まで出現した。それがフィンエアーのヘルシンキ-タルトゥ線。機材はATR72のようだ。タルトゥはエストニアで第2の都市だそうだが、そこの空港(IATA: TAY、ICAO: EETU)では、着陸進入の際にGPSを必須としていた。GPSの受信機は比較的安価に入手できるから、それを活用して、経済的に安全な着陸支援を実現していたわけだ。

空港の規模が小さく、飛んでいる定期便は1日に1往復だけだから、そんなむやみに経費をかけられないのだろう。1,800mの滑走路が1本あるだけというから、その辺は推して知るべし。

そしてこの空港、ロシアとの国境から50kmも離れていない。その位置関係のせいで、ロシア国内からGPS妨害シグナルが発せられると、もろに影響を受けてしまったのだろうと推察される。

そのため2024年4月29日に、フィンエアーはヘルシンキ-タルトゥ線を5月31日まで運休すると発表した(実際の運航再開は6月2日)。GPSを用いた安全な着陸進入ができなくなってしまったので、代替システムを導入することになり、その間は運休を余儀なくされたわけだ。

その発表に際してフィンエアーでは、「ロシアがウクライナに侵攻した2022年以降、カリーニングラードの飛び地や黒海などにおいて、GPS信号の妨害が増加した」と説明していた。そして、タルトゥに着陸進入しようとした機体がGPSへの妨害で着陸できなくなり、ヘルシンキに引き返す事案まで発生していたという。とんだトバッチリである。

余談だが、ヘルシンキ-タルトゥ線は「フィンエアー便」として運航されているものの、実際に運航を担当しているのはパートナー企業のNoRRA(Nordic Regional Airlines AB)。筆者自身も、ヘルシンキ発着の短距離路線でNoRRA運航便を引き当てたことが何回かある。

  • これは筆者が乗ったことがあるERJ-190LR。機体は「FINNAIR」のマーキングだが…… 撮影:井上孝司

  • 運航担当はNoRRA。「J-AIRが運航するJAL便」みたいなものである 撮影:井上孝司

では、代替手段とは?

フィンエアーでは、一時運休の発表に際して「GPSを必要とせずに、安全かつスムーズな運用を保証する、信頼性の高い進入技術の開発に取り組む」と説明していた。では、その進入技術とは何か。

調べてみたところ、DME(Distance Measuring Equipment)を援用するのだという。DMEは、機上のDME装置に、予め位置が分かっているDME局の周波数をセットすることで、そのDME局までの距離を把握する無線航法支援施設。

まず、機上に搭載するインテロゲータから、地上のDME局に向けて誰何のためのUHF電波(960~1,215MHzの範囲内)をパルスとして出す。それを受けたDME局は、受信から50マイクロ秒後に、周波数が63MHz異なる応答信号をパルスとして返す。すると、

  • 誰何のパルスを出してから50マイクロ秒以上後に受信した応答パルス
  • かつ、送信周波数と63MHz異なる周波数を使っている

が、正しいDME局からの応答ということになる。そして、電波の往復に要した時間を2で割れば片道分の時間が分かり、距離を計算できる理屈となる。

この時の距離は地図上での平面距離ではなく、機体とDME局を結ぶ斜めの直線の距離(Slant Distance)である。しかしチャート(航空図)では距離を地図上での平面距離で書いているから、若干のずれが発生する。

対露制裁のトバッチリと北極通過証明書

ロシアがウクライナに侵攻したことで、フィンエアーは要らぬトバッチリを受けたわけだが、実は、同社へのトバッチリはこれだけではない。

もともと、フィンエアーは日本からロシア上空を飛んでヘルシンキに向かうルートを使うことで、「日本から最も近い、ヨーロッパへのゲートウェイ」を構成、これをセールスポイントにしていた。ところがロシアのウクライナ侵攻を受けて各国が対露制裁を発令、その一環としてロシア上空を飛ぶルートも使えなくなった。

だからフィンエアーは、日本の各地(羽田、成田、中部、関西)とヘルシンキを結ぶ路線について、北極上空を飛ぶルートを使っている。これで飛行時間が数時間ほど増えており、当然ながらその分だけ燃料も余分に使う。ロシアが要らぬ戦争を始めたせいで、とんだ迷惑である。

そのハンデを逆手に取った……というのかどうか。日本発着の同社ヘルシンキ線に搭乗すると、「北極通過証明書」をもらえる。季節によってはオーロラを見られることもあるかもしれない。これを書いている筆者自身もフィンエアーでヘルシンキまで往復したことがあり、「北極通過証明書」が2枚、手元にある。

  • フライトマップを見ると、北極上空を通ってきている様子が分かる 撮影:井上孝司

  • 左が「北極通過証明書」(右はコーヒー) 撮影:井上孝司

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。