拙稿「軍事とIT」で以前に、米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)がACE(Air Combat Evolution)計画の下で実施した、「空戦AI」と戦闘機パイロットの対戦、“AlphaDogfight Trials Final ” について取り上げた。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

シミュレーションの次は実機で

“AlphaDogfight Trials Final ” では既報の通り、戦闘機パイロットが行う空戦機動について学習した人工知能(AI : Artificial Intelligence)が、生身のパイロットとシミュレーション環境を通じて対戦した。

シミュレーション環境での対戦なら、何かまずいことがあっても死傷者は出ないし、機体を失うこともない。リスクを抑えながら実験をするには理想的である。とはいえやはり、最後には実機を飛ばしてみなければ、完全な立証にはならない。

そこで、シミュレーション環境を用いてリスク低減と熟成を図った上で、その成果を利用して実機による試験に移行する。そういう慎重な手順が踏まれた。

X-62A、登場

そして実機による試験に移行したところで登場した機体が、F-16Dファイティングファルコンの改造機、X-62A VISTA(Variable In-flight Simulation Test Aircraft)。

  • 飛行中のX-62A。この写真の撮影時に、前席にフランク・ケンドール空軍長官が体験搭乗していた。見た目は複座型F-16とそんなに変わらない 写真:USAF

この機体の開発を主導しているのはロッキード・マーティンで、そこにカルスパンが協力している。具体的には、カルスパンのVSS(VISTA Simulation System)と、ロッキード・マーティンのMFA(Model Following Algorithm)ならびにSACS(System for Autonomous Control of the Simulation)を組み合わせている。

このうちSACSの中核となるのは、ロッキード・マーティンの先進開発部門 “スカンクワークス” が手掛けている、E-OSA(Enterprise-wide Open Systems Architecture)というシステム。これが、機上コンピュータEMC2(Enterprise Mission Computer version 2)で動作して、必要に応じて飛行特性を変える仕組み。

X-62Aへの改修費用は1,500万ドルと伝えられている。X-62Aへの改造に際して、より新しいF-16ブロック40のアビオニクスを搭載、2021年6月に現名称となった。

飛行試験で有人機と対戦

そして、2022年12月から2023年3月にかけて合計21フライトを実施、その過程で合計100,000行を超えるソフトウェア改修を実施した。それが有人機との対戦に移行したのは、2023年9月のこと。

この飛行試験の狙いは、複雑な空中戦シナリオにおいて、AIを安全にを使用できると証明すること。ここでも段階的に事を運んでおり、まず自衛のための回避機動から始めて、その後で交戦のための機動に移行した。少なくとも建前上は、勝ち負けをつけるのは目的ではない。それもあってか、飛行試験の過程でAIが勝った数は明らかにされていない。

真の目的は、AIが制御する無人戦闘用機を実現する際に、そこで制御を司るAIを「頼りにしても大丈夫」といえるだけの実績を積み上げること。それが将来、CCA(Collaborative Combat Aircraft)のような、有人戦闘機とペアを組んで行動する無人戦闘用機の開発で活きることになる。

X-62Aのベース機はF-16Dブロック30。”Peace Marble Il” とも呼ばれるが、この ”Peace Marble” とは、イスラエル向けF-16輸出プログラムにつけられたコードネーム。つまりX-62Aのベースになった機体は、もともとイスラエル向けのF-16Dだったのである。

それがアメリカに出戻り、米空軍のテストパイロット学校(TPS : Test Pilot School)向けの試験機・NF-16Dとなった。それを、ACE計画に利用したわけだ。

別計画のVENOM-AFT

戦闘機の自律制御については、そのX-62A VISTAとは別に、米空軍がVENOM-AFT(Viper Experimentation and Next-gen Operations Model - Autonomy Flying Testbed)という計画を進めている。

頭に “Viper” と付く通り、この計画ではF-16の改造機を使用する(“Viper” はF-16の非公式ニックネーム)。2024年4月に、改造対象機の第一陣が配備されたところ。

VENOM-AFTが企図しているのは、有人機あるいは無人機に自律制御ソフトウェアを搭載して試験を実施すること。それを通じて、先にも名前が出たCCAのような無人戦闘用プラットフォーム開発計画に対して、必要とされる知見を提供しようとしている。

それに加えて、モデリングやシミュレーションへのフィードバックも行うとの説明がされている。

  • VENOM-AFTで使用する最初の機体が、エグリン空軍基地に到着したときの写真 写真:USAF

ベース機にはデジタルFBWの機体が欲しい

実は、既存の機体を改造して「AIが操縦する戦闘機」を作ろうとすると、ちょっとした制約がある。操縦系統がデジタル式のフライ・バイ・ワイヤ(FBW)になっている機体が欲しい。機械的に索やロッドを動かす機体では、そのまま使えないのは容易に理解できるが、FBWなら何でも良いわけでもない。

F-16やF/A-18の初期モデルはアナログ式のFBWだったが、これは制御則を物理的な電気回路として作り込んでいる。だから、制御則を手直ししようとすると、いちいち電気回路を作り直さなければならない。しかも、電気的なスイッチであるスティックやラダーペダルによる入力はできるが、デジタル・コンピュータから入力を渡そうとすると面倒なことになる。

だから、AIによる制御を導入しようとすると、コンピュータとソフトウェアで制御されるデジタル式のFBWが載っている機体が欲しいという話になる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。