米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)では、ANCILLARY(AdvaNced airCraft Infrastructure-Less Launch And RecoverY)という実験機(Xプレーン)の計画を進めている。

  • ANCILLARY計画に対して寄せられた、6種類の概念案 引用: DARPA

ANCILLARY計画とは

ANCILLARY計画では、地上側に専用の支援機材を用意することなく、狭いスペースで垂直離着陸(VTOL : Vertical Take-Off and Landing)ができる機体の実現を企図している。

まず、2020年に情報照会(RfI : Request for Information)を発出してメーカー各社から情報を募った上で、2022年にローンチを決定。2023年にフェーズ1a(概念設計)の契約を発注した。そして2024年5月に、機体の設計とシステム技術の熟成を図るフェーズ1b契約を発注した。対象は以下の6社。

  • ロッキード・マーティン/シコルスキー
  • ノースロップ・グラマン
  • エアロヴァイロンメント
  • カレム・エアクラフト
  • グリフォン・エアロスペース
  • メソッド・エアロノーティクス

ちなみにカレム・エアクラフトは、ゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ(GA-ASI)の前身であるリーディング・システムズの創設者、エイブ・カレム氏の会社だ。

DARPAが掲げるお題目は「長大な航続性能を持ち、費用対効果が高く、高い多用途性を備えた機体」「水上戦闘艦のヘリコプター発着甲板や、陸上のさほど広くない空き地で運用できること」。重量300lb(136kg)、そのうちセンサー・ペイロードは60lb(27kg)、オンステーション時間は20時間といった数字も挙げている。

想定している用途としては、特殊部隊の遠征作戦に対するISTAR(Intelligence, Surveillance, Target Acquisition and Reconnaissance、情報収集・監視・偵察・目標捕捉)支援や、物資の輸送を挙げている。

能力・仕様は示すが実現手法は自由

DARPAは、このように能力や数字面の要求を出しているが、それを実現するための手法についてはメーカー各社に委ねている。だから、フェーズ1b契約に勝ち残った6社が構想している機体の形態はバラバラだ。

シンプルに考えれば、狭いスペースで垂直離着陸するにはヘリコプターがいちばんである。しかし、ヘリコプターでは速度性能の面でハンデがある。よって「垂直離着陸できる固定翼機」が最適解となるが、小型軽量の機体にどうやって垂直離着陸のためのメカを仕込むかが問題になる。

垂直離着陸のために追加のメカを組み込めば、機体は当然ながら重くなる。重くなると、垂直離着陸のためのメカが大がかりになる。

水平飛行のためのメカ(主翼や尾翼や推進装置)と垂直離着陸のためのメカ(リフトファンやリフトエンジン)を別個に持つのでは、常にいずれか一方がデッドウェイトになる。F-35Bはエンジンを共通化して、リフトファンだけ別個に持つことで、そこのところのネガを最小限に抑えているが、小さく安価な無人機でとれるアプローチとはいいがたい。

V-22オスプレイみたいに、ティルトローターにする手も考えられる。無人機の分野でも、過去にベル・テクストロンのイーグルアイがあったが、これは実戦配備されずに終わった。動力源とプロップローターを回転させるメカが勘所になるが、それが複雑かつ重くなりそうでもある。

そこで各社が提案している機体のイメージ図を見ると。

ノースロップ・グラマン案は、一般的な固定翼UAVに垂直離着陸用のローターを追加した形になるようだ(冒頭の想像図では右下の機体)。ただし、そのローターを取り付けるブームが主翼の前方にしか出ていないように見える。これでは機体を支えられないから、後部の推進用プロペラを下方に偏向するのだろうか。

  • ノースロップ・グラマンがANCILLARY計画について提案している将来の自律型垂直離着陸機 引用:ノースロップ・グラマン

そして他社の提案を見ると、その多くはテイルシッターになっているようだ。つまり、固定翼機として飛行するときには普通に主翼とプロペラを使って飛ぶが、離着陸の際には機首を真上に向けて “尻から着陸” する。

メーカーによって、推進用のプロペラが1つの場合と2つの場合があり、ANCILLARY計画ではシコルスキー案が2つ(左右の主翼に取り付けている)、他社は1つ。シコルスキーは2024年5月22日に、「バッテリ駆動の実証機を用いて、制御則や空力面の熟成を図るための飛行試験を進めている」と発表した。

テイルシッターの問題点は無人だと問題にならない

テイルシッターについては、本連載の第68回でも取り上げた。機体が水平ならプロペラは推進力を発揮する。だから、その機体を真上に向ければ、プロペラが発揮する推進力は機体を支える方向に働く。よって、垂直離着陸が可能である。

アメリカ海軍は1950年代の初頭に、ロッキード(当時)にXFV-1を、コンベア(当時)にXFY-1を、それぞれ試作させた。どちらもアリソン製YT40ターボプロップ・エンジンを使い、機首に取り付けた二重反転プロペラを駆動する。機首を上に向けた姿勢で垂直に離着陸する。

ところが、サンダーバード1号と違ってパイロットの位置や向きは変わらないので、垂直離着陸の際にパイロットは真上を向く。それでは、ことに着陸が難題になる。地表や甲板までどれぐらいの距離があるかを把握するのが難しい。

しかしである。これが問題になるのは、パイロットが機内に乗り込んで、自分の目で状況を見ながら操縦するからだ。では無人機だったら?

無人機にはパイロットが乗っていないから、離着陸の際にはなにがしかのセンシング手段(レーザーあるいはレーダーか)を用いて、機体の姿勢や地面または甲板との距離を把握しつつ、コンピュータが操縦操作を行う。それならテイルシッターでも困らない。

無人機の時代になってテイルシッターの案が “復権” したのは面白い現象だが、まだそれが実用機として量産された事例はない。ANCILLARY計画の今後に注目だ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。