空港で、スポット・インしてきた旅客機を観察していると、機体が停止するやいなや(?)、周囲でさまざまな作業が始まる様子を観察できる。乗客や貨物の揚搭、機体の点検、燃料補給、水の補給、汚物タンクの抜き取り、機内清掃など、作業の内容は多岐にわたる。たいてい、作業ごとに専用の車両があり、それが機体の周囲に群がってくる。連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
動線への配慮
そうした作業の際に、機体の周囲に群がる各種車両の動線が交錯すると、面倒なことになりそうだ。ある車両が作業をしている間、別の車両が後方で待たされたのでは、ターンアラウンドタイムが伸びてしまう。一斉に取り付いて、同時並行的に作業を進められる方が望ましい。
第284回で、吊るしものの話に関連して「F-16の兵装搭載作業を効率的に行うための、搭載場所の選択」について取り上げた。これは戦闘機の話だが、作業の効率と動線が問題になるのは民航機でも同じだ。
たまたま手元に、某エアラインの、エアバスA220(旧・ボンバルディア・Cシリーズ)のグランドハンドリング用マニュアルがある。それを見てみたら、機体の周囲の、どこでどんな作業を行うかという話も載っていた(当然である)。
まず、乗客の搭乗・降機は左舷側前方のL1ドアで行うから、左前方から搭乗橋が取り付く。その横には機内清掃関連の車両を駐める、とマニュアルにある。ギャレー関連の搭載・卸下を担当する車両は、左舷後端の扉に取り付く。
A220の貨物室は床下の主翼前後に設置されているので、貨物の搭載・卸下を担当する車両は機体の右側、主翼の前後に1両ずつ取り付く。バラ積み専用でコンテナは使用しないので、ベルトコンベアが必要になる。
その後方では、左舷側は汚物タンクの抜き取り、右舷側は清水の補給を担当する車両が取り付く。いずれも、位置は水平尾翼の直前となる。汚物タンクの抜き取りと清水の補給は、いずれも後部胴体下面にアクセスパネルが設置されているが、作業用の車両を左右に振り分けて干渉を避けるということだろう。
そして右主翼の外側寄りには、燃料補給を担当するサービサーが取り付く。旅客機では給油口を主翼の下面に設けることが多いので、そうなる。
これらを整理すると、左舷側からは搭乗橋に加えて「機内清掃」「ギャレー」「汚物抜き取り」の車両が取り付く。右舷側からは、「貨物揚搭」「燃料補給」「清水補給」の車両が取り付く。前後方向の位置関係が重複しないようになっているので、一斉に取り付くことができそうだ。
このほか、機首の下面には地上電源供給用のアクセスパネルがある。ここに地上電源のケーブルを接続すれば、APU(Auxiliary Power Unit)を動かす必要がなくなる。
機体の設計がターンアラウンドに影響する
裏を返せば、貨物室のドア、汚物タンク抜き取りや清水補給のためのアクセスパネル、地上電源接続用のアクセスパネルなど、グランドハンドリング業務が関わるあれこれを機体のどこにどう設置するか。それが、ターンアラウンドタイムの長短に影響することになる。
そこの配慮が足りず、扉やアクセスパネルなどを漫然と配置した結果として動線が干渉することになれば、カスタマーは喜ばない。というか、そんな機体はまず、機種選定の段階で落選しそうだ。
ATR42やATR72の場合
もっとも、どの機体でも同じような場所に同じような配置をしているとは限らない。ATR42やATR72がいい例で、貨物室は床下ではなく機内前方、コックピットと客室の間にある。だから貨物の揚搭は左舷前方で行う。乗客の搭乗・降機は左舷後端の扉を使うという変わり種だ。
とはいえ、燃料補給を受け持つ給油車が右主翼の翼端近くに取り付くところは、A220と変わらない。安全を考えると、給油作業は旅客から遠い位置で行う方が好ましいから、右主翼側がベストとなる。
「ドリームリフター」の場合
また、中部国際空港でボーイング747LCF「ドリームリフター」を取材したときには、機内への出入りに使用するタラップを左舷側ではなく右舷側につけていた。逆に、燃料補給車は左主翼の下。747LCFでは、人が乗る場所は機首に集中しており、その後方がまるごと貨物室となるから、サービス関連の車両はみんな機首に取り付く。
こんな具合に、機体によって位置関係が変わることはあるが、「動線の交錯を避ける」という原則は同じであろう。もっとも、747LCFは積荷の搭載・卸下にかかる時間がけっこう長い。だから、それ以外のところでターンアラウンドタイムの短縮を頑張っても、効果は薄いかもしれないが。
機内清掃の作業手順もマニュアル化
ちなみに、ここまでは「車両の動線」の話を主に書いてきたが、それだけでは済まない。A220のハンドリングマニュアルを見たら、地上電源の項で「ケーブルは、車両や機材が行き来する際に踏んづけない位置に配置すること」との注意書きがあった。
さらに機内清掃の項を見ると「行う作業」が順を追って列挙してある。ポケットや荷棚からゴミなどを取り除いて、次に清掃、シートベルトの位置を定位置に合わせて、枕カバーを交換、床に掃除機をかけて、最後にテーブルを拭き掃除、といった具合。きちんとマニュアル化すれば、作業の品質を保ちやすくなる。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。