前回、V2500エンジンを手掛ける国際共同開発・生産組織、IAE(International Aero Engines)において日本のメーカーも参画している、との話を取り上げた。そのIAEだけでなく、日本のメーカーはいろいろと航空機製造のサプライチェーンに関わりを持っている。

機体構造などの素材

全日本空輸(ANA)でボーイング787の就航が始まった頃に、羽田空港第2ターミナルビルの一角で、こんな展示が行われていた。

  • 羽田空港で、787の製造に参画している日本メーカーをフィーチャーする展示が行われたことがある(2011年11月) 撮影:井上孝司

御存じの通り、787では胴体の一部、中央翼、主翼の製造を日本のメーカーが手掛けている。そこで使われている炭素繊維複合材を構成する、ベースとなる炭素繊維素材を手掛けているのが東レである。

東レのWebサイトで製品情報を見ると、炭素繊維の素材そのものに加えて、炭素繊維素材の織物、そこに樹脂を含浸させたプリプレグ、といった具合に多種多様な製品がラインアップされている。

航空機の機体構造材のように高い強度が求められるところでは、プリプレグを型に敷き込んでオートクレーブで焼き固める、いわゆるドライカーボンの使用例が多い。ただし、プリプレグには「賞味期限」があるので、大量に買い込んで在庫しておくわけには行かない。需要に応じて必要な分量だけ調達した上で、それを賞味期限が切れる前に適切に使い切らなければ無駄が出る。

するとここでも、生産管理・サプライチェーン管理という課題が生じる。その点、VaRTM(Vacuum Assisted Resin Transfer Molding)であれば、成形に併せて樹脂を含浸させるので、賞味期限に関する制約は緩くなると思われる。

  • 747LCF「ドリームリフター」に積み込まれる787の主翼。これは三菱重工が手掛けている 撮影:井上孝司

第338回で、「チタン素材の供給ではロシアのVSMPO-AVISMAが」という話を書いたが、日本でアルミ合金素材やチタン素材を航空分野向けに手掛けているメーカーとして、神戸製鋼所(KOBELCO)がある。アルミ合金製品については、鋳造も鍛造も手掛けているという。

シートやその他の内装品

民航機に興味や関心がある方なら、「航空分野で活躍している日本のメーカー」というと真っ先に名前が出てくるのがジャムコかもしれない。もともとギャレーとラバトリーで知られているが、近年になって航空機用シートの分野にも参入。JALのA350ファーストクラスで使われているシートが、ジャムコとの共同開発品だ(クラスJと普通席はレカロ)。このほか、エンジンなどの部品製造も手掛けている。

  • JALのA350で使われているシートのうち、ファーストクラスはジャムコ製 撮影:井上孝司

ギャレーにしろラバトリーにしろシートにしろ、機種が同じであっても、エアラインによって仕様に違いがあるし、デザインに工夫を凝らす事例も多い。可能な限り共通化するにしても、個々のカスタマーの求めに応じられる柔軟性は欠かせない要素となる。

しかも、安全性や軽量化に関する要求水準は高い。例えばシートの場合、事故に遭って強い衝撃が加わったときに、取り付け用のレールから簡単に外れてしまっては困る。火災のことを考えれば難燃性あるいは不燃性といった要求が出てくるだろう。そして、軽く作らなければならないのは当然である。

ジャムコでは、ギャレー設備のドンガラだけでなく、ギャレーインサート、つまりスチームオーブンなどの機器類も手掛けている。これまた当然ながら、安全に関する要求水準を満たすものでなければならない。もちろん、電子機器に対して「悪さ」をしないことも求められる。地上で使っている民生品をそのままポンと載せて済むわけではない。

また、全日本空輸が運航している787-9のうち、2021年12月9日に就航した国内線の新仕様機(コンフィグ78G)では、普通席のシートをトヨタ紡織が手掛けている。飛行機ではないが、トヨタ紡織は北陸新幹線のE7系・W7系でもグランクラスのシートを手掛けている。

アビオニクス

各種アビオニクスの分野で大きなシェアを持っているのが、パナソニック・アビオニクス。事業会社体制への移行に伴い、現在はパナソニック・コネクトの傘下企業となっている。航空業界に参入した発端は、ボーイング向け。コックピットに設置するスピーカーを納入したのが最初で、1979年のことだったという。

旅客にとって身近なところでは、IFE(Inflight Entertainment)に加えて、機内Wi-Fiサービス関連の機材がある。今では、個人用画面があって、好きなときに好きなコンテンツを見られるのは当たり前になった感がある。これを最初に開発したのがパナソニックだそうだ。

昔はそうではなかった。いちいち、ばかでかいフィルムのリールを機内に積み込んで映画を上映して、それを皆で見る形であった。それでは見られるコンテンツに限りがあるし、映画が終わった途端にラバトリーに行く人が集中する、なんて問題もあったという。

飛行時間が長い国際線なら映画を1本見るにも十分な時間があるが、飛行時間が短い日本の国内線では話が違う。そこで日本航空のA350や787-8国内線仕様機では、途中まで見たところで「次回搭乗時に続きを見る」仕掛けを用意しているが、これらの機材のIFEもパナソニック製だ。

これらの機材で個人的に気に入っているのは、搭乗時の初期状態で、個人用画面に席番が表示されているところ。これも日本航空独自の工夫。これに限らず、カスタマーごとに異なるさまざまな要望への対応が求められるところは、IFEも、先に挙げたラバトリーやギャレーと似ている。

  • JALのA350で使われているIFEはパナソニック製 撮影:井上孝司

ベアリングと軸受

NTNといえば御存じのとおり、ベアリングや軸受のメーカーである。エンジンを筆頭にして、航空機でもさまざまな分野でベアリングや軸受が使われている。NTNのWebサイトを見ると、航空宇宙分野の製品として玉軸受やコロ軸受に加えて、樹脂軸受も挙げられている。「特殊環境用」なんていうカテゴリーがあるところが、航空宇宙分野らしい。

性能や品質の面で高い水準の製品が求められるのは、いうまでもない。実はそれだけでなく、「製品ごとに製造工程に関する記録をきちんと残さなければならない」という話を聞いたのが、いつぞやの「国際航空宇宙展」に出展していたNTNのブースだったと記憶している。

これに限らず、「国際航空宇宙展」みたいなイベントに行くと、実にさまざまなメーカーが出展している様子が分かる。航空分野の仕事をしてみたいと思った学生さんは、こうしたイベントをのぞいてみてはどうだろう。どうしても、目立つのは機体やエンジンのメーカーだが、機体にしろエンジンにしろ、素材やコンポーネントや搭載機器がなければ成り立たないのだから。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。