第340回でSatairという会社を取り上げたときに、同社が手掛けている積層造形(Additive Manufacturing)にも少し言及した。これは、俗にいうところの3Dプリンタみたいな機器を活用する製造手法である。
徐々に進む積層造形の活用
いつだったか「すべて3Dプリンタで作ったドローン」がニュース種になったことがあったと記憶している。こういう話はメディア受けしやすいが、積層造形を使うこと自体が目的になってはいけない。あくまで積層造形は問題解決の手段でなければならない。それに相手が飛びものなのだから、導入に際して安全性・信頼性に関する検証をきちんと行うことは大前提。
積層造形を用いて部品を製作する場合、三次元モデリングのデータと3Dプリンタ、それと素材があれば製作ができる。素材は樹脂でも金属でも良い。送り込むデータを変えれば、ひとつの機械でさまざまな種類の部品を製作できる点も、利点に挙げられる。
実際のところ、航空分野は安全性・信頼性が第一。だから、いきなり機体構造材みたいな「替えの効かない部分」の部材を積層造形で作るような乱暴な真似はしない。「小物」から始めて、経験とノウハウと実績を積み重ねながら、段階的に適用対象を拡大していくのが定石となる。なにも積層造形に限らず、新しい素材の導入でも同じだ。
戦闘機「トーネードGR.4」「JAS39グリペン」で3Dプリンタ導入
例えば、軍事航空の分野では、英空軍のトーネードGR.4戦闘機で、コックピットの計器盤で使われているパネルを3Dプリンタで作ってみた事例がある。これはかなり初期の3Dプリンタ導入事例。計器盤のパネルを構成する部材なら、何かまずいことがあっても飛行の安全には直結しないと考えられるから、試行対象になった。
そして最近の事例だと、2021年3月にサーブが、3Dプリンタを戦闘損傷修理に応用するための実証試験を実施した。JAS39グリペン戦闘機のアクセスパネルが損傷したとの想定で、交換用のパネルを3Dプリンタで製作して取り付ける、との内容。ただしこのとき、製作するアクセスパネルの3Dモデルは手元になく、外した現物をスキャナで走査してモデルを用意した。
サーブの説明によると、フライト実施後の検査結果は良好で、構造上の変化も発生していなかったという。同社はさらに、寒冷・高標高環境下での試験や、機材一式のコンテナ化に関する試験を計画している、としていた。
冷戦終結後にしばらく中断していたが、スウェーデン空軍といえば「道路から戦闘機を飛ばす」運用で知られている。道具立てが整った母基地から離れて分散運用するわけだから、支援インフラも限定的にならざるを得ない。
すると、戦闘損傷修理に難儀をする場面も考えられるから、現場で必要なパーツを作れるようにするために3Dプリンタに着目したということであろう。軍事航空の分野における、3Dプリンタの正統的な使い方といえる。
航空機のサプライチェーンという観点から見ると
では、積層造形の活用を「航空機のサプライチェーン」という観点から見ると、どういう話になるだろうか。対象となるモノが同じだとしても、そこで使用するパーツを製造する手段が変わるから、積層造形が従来の工作機械と比べて、どんな長所(または短所)を持っているかが鍵になる。
長所としては、前述した「一つの機械で、データを替えればさまざまなパーツを作れる」「複雑な造形に強い」といったあたりが考えられる。すると、急を要するパーツを必要に応じて現場製作できるメリットは、可動率向上の効果を期待できる。従来は分割して製作したパーツを組み合わせていた複雑な形状を、一体のものとして作れる場面も出てくるだろう。
パーツが小さければ機器のフットプリントは少なく済みそうだが、パーツが大きくなればそうも行かないので、これにはあまり期待しないことにして。
短所としては、「いきなりクリティカルな部位のパーツに使うには実績と検証が足りない」が大きい。クリティカルな部位のパーツとは、たとえば、機体構造や降着装置、エンジンで使うディスクや羽根といったものだ。それと比べると、先に例が出てきたパネル類は、応用しやすい部類といえよう。
パーツを積層造形するには、対象物の三次元データが要る。整備の現場で急に必要となったパーツであれば、サーブがやったように現物をトレースする方法でも良い。
だが、最初から積層造形をサプライチェーンに組み込むのであれば、機体を設計する段階から「積層造形で用いる三次元データの生成・管理・配布」をシステムとして構築しておく必要がある。設計が変わったら、新しいデータを確実に配布しなければならないし、ニセのデータが入り込まないように認証する仕組みも欲しい。
ただし、製造に必要な素材が何もないところから湧いてくるわけではないから、それは請求して受け取らなければならない。受け取るのが完成品のパーツか、それとも素材かという違いになるわけだ。
「3Dプリンタの導入で航空機のサプライチェーンに大激震!」とでも書けばウケるかもしれないが、実のところ、変化はもっと緩やかな形で、周辺部から徐々に進んでいくのではないか。そして、「製造現場」「整備の現場」のいずれか一方ではなく、両者が連携して一貫した活用モデルを作っていかなければ、積層造形は生きてこないのではないか。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。