前回は、航空機の製造・維持管理に関わるサプライチェーンの重要性について、対露制裁を引き合いに出しつつ概説した。そして今回は、前回の末尾でもちょっと触れたサフラン・グループなど、フランスの航空宇宙関連メーカーを取り上げてみたい。
サフラン・グループ
サフランというと、パエリアを作るときに欠かせない香辛料だが、それと社名の決定に因果関係があったかどうかについては知らない。ともあれ、フランスで航空宇宙・防衛分野の枢要なサプライヤーを、何社も傘下に擁しているのがサフラン・グループである。
もともと、各社は過去の歴史的行きがかりから、同じグループになっても別々の名前を使っていた。それがサフラン・グループの下で一斉に改称したのが2016年5月のこと。その新旧対応は以下の通りで、とりあえず原語で書く。
- Aircelle → Safran Nacelles
- Herakles → Safran Ceramics
- Hispano-Suiza → Safran Transmission Systems
- Labinal Power Systems → Safran Electrical & Power
- Messier-Bugatti-Dowty → Safran Landing Systems
- Morpho → Safran Identity & Security
- Sagem → Safran Electronics & Defence
- SNECMA → Safran Aircraft Engines
- Techspace Aero → Safran Aero Boosters
- Turboméca → Safran Helicopter Engines
この中で、日本でも知名度やなじみがありそうなメーカーというと、まずSNECMAがある。いわずと知れたジェット・エンジンのメーカーで、前回にも名前が出てきた。フランス製の戦闘機が使っているアターやM53、M88といったエンジンは、ここが手掛けている。
また、SNECMAはアメリカのGEと組んでCFMインターナショナルを設立している。そこで製造しているCFM56やLEAPといったエンジンが、単通路旅客機の分野で大きなシェアを持っている。我が国で導入例を挙げると、日本航空グループの737やANAグループのA320(A320neo・A321neoを除く)がCFM56を載せている。
もう一つがTurbomécaで、カタカナではチュルボメカまたはターボメカと表記する。新社名でお分かりのように、こちらはヘリコプター用のターボシャフト・エンジンを手掛けており、これも日本で多くの導入実績がある。
これまた枢要な部位である降着装置を手掛けている、メシエ・ブガッティ・ダウティも存在感は大きい。例えば、A320やA320neoの降着装置がここの製品だ。タフで耐久性が高いことを求められる上に、構造が複雑で、しかも機種ごとに相手に合わせたものを製造しなければならない降着装置もまた、誰でもホイホイとは参入しがたい種類の製品といえる。
トムソンCSF改めタレス
もう一つ、フランスに本拠を構える大物として、タレス(Thales S.A.)がある。主なグループ企業と新旧社名の対応は以下のようになる。
- Thomson CSF → Thales (フランス)
- Hollandse Signaalapparaten → Thales Nederland (オランダ)
- Thomson Marconi Sonar → Thales Underwater Systems (イギリス)
- Shorts Missile Systems → Thales Air Defence (北アイルランド)
中核となるタレスは、防衛電子機器や航空宇宙向け電子機器の分野で著名。日本で事例を挙げると、旅客機向けにIFE(Inflight Entertainment)システムを導入した実績がある。もちろん、フランス製のミラージュやラファールといった戦闘機は、アビオニクスやセンサー機器をタレス製品で固めている。
また、タレスは鉄道分野でも信号・通信機器の大手だったため、海外では導入実績が多い。ただし、この分野を手掛けていた Thales Rail Signalling Solutions は、2021年8月に日立製作所への売却が発表されている。
日本における防衛電子機器分野では、シグナール改めタレス・ネーデルランドの知名度が高いだろう。海上自衛隊向けにレーダー製品、あるいはレーダー関連技術を導入した実績がある。このほか、光学機器を手掛ける Thales Optronics という会社がイギリスにあり、これのルーツは Pilkington Optronics という英国企業にある。
フランス機にはフランスのサプライヤー
当然というべきか、フランス製の航空機や艦艇や各種ウェポン・システムでは、サフラン・グループやタレス・グループの製品が多用される。もちろん、産業基盤の維持やその他の政治的な理由があってのことだが、それだけではないだろう。
ことに防衛装備品の分野では、自国製の製品を載せておかないと、輸出に際してフリーハンドを得られなくなる可能性がある。もしもアメリカ製の機器を載せていれば、それをどこかに輸出しようとしたときに、(フランスだけでなく)アメリカの武器輸出規制が関わってくるからだ。
どれか一つの機器やコンポーネントについて、アメリカ政府が「ダメ」といえば、輸出の話そのものが成立しなくなる。飛行機やフネそのものだけでなく、そこに搭載する機器などのサプライヤーも自国のメーカーで固めておけば、そういう事態は避けられる。サプライヤーの育成やサプライチェーンの構築では、そんなことまで考えなければいけない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。