三菱スペースジェットの具体的な内容が明らかになってきたときに、さまざまな分野で海外メーカー製品が使われていると知って、「オールジャパンではないのか」と落胆した向きが見受けられたと記憶している。しかしこれに限らず、今の航空機は「万国博」とまでは行かないにしても、さまざまな国のさまざまなサプライヤーが関わっているものだ。
対露制裁のトバッチリ
「航空機の製造」というとどうしても、完成品の機体を作り上げるメーカーばかりが注目される傾向がある。これは仕方ない。機体には、そのメーカーの名前が付くのだから。しかし実際には、一つの飛行機を構成する何万点ものパーツ・コンポーネントを製造するために、多数のメーカーが関わっている。自動車産業と同じである。
だから、完成品の機体を作っているメーカーのことだけ見ていると「えっ」と驚かされるようなことも起きる。例えば、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻したのを受けて発動された対露制裁の影響。ロシアにはいくつも航空機メーカーがあるが、そこで造られている製品には意外なほど、欧米メーカーがサプライヤーとして関わっている。
典型例が、リージョナル旅客機のスホーイ・スーパージェット100(SSJ100)。一時期、ヤクーツク航空の定期便が成田空港に飛来していたから、実機を御覧になったことがある方もいらっしゃるのではないか。
SSJ100が使用しているパワージェットSaM-146エンジンは、一部をフランスのサフラン・エアクラフト・エンジンズ(旧SNECMA)が手掛けている。正確にいうと、SaM-146を手掛けているパワージェットは、サフラン・エアクラフト・エンジンズとロシアのNPOサトゥルンが設立した合弁会社だ。
しかも、サフラン・エアクラフト・エンジンズのほうが枢要な部位を押さえている。エンジンのコア部分に加えて、今のエンジンでは不可欠な電子制御部のFADEC(Full Authority Digital Electronic Control)、そしてエンジン全体のインテグレーションといった具合。制裁によってサフラン・エアクラフト・エンジンズがSaM-146関連の仕事をできなくなれば、実質的に、このエンジンは成立しなくなる。
実は、エンジンだけの話ではない。SSJ100に関わっている欧米のサプライヤーの例として、以下の名前が挙がっている。
- 電源系統 : ハミルトン・サンドストランド(米)
- 補助動力装置(APU : Auxiliary Power Unit) : ハネウェル(米)
- 各種電子機器 : タレス(仏)
- 降着装置 : サフラン・ランディング・システムズ(仏)
- ホイールとブレーキ : グッドリッチ(米)
- 油圧系統 : パーカー(独)
- エンジンナセル : アレニア・アエルマッキ(伊)
- 機体の整備サポート : ルフトハンザ・テクニク(独)
さすがにドンガラ(機体構造)の部分はロシア側が担当しているが、上記のメーカーがすべてSSJ100に関与できなくなれば、エンジンは始動できなくなるし、降着装置が手に入らなくなれば機体を宙に浮かべておかないといけなくなる。油圧系統の機器が入ってこないからといって、人力操舵にするには機体が大きすぎる。
素材の供給という問題
先に挙げたのは「機器」レベルの話だが、さらに掘り下げると「素材」という問題も出てくる。航空機の製造に際しては軽量・高強度の素材が不可欠であり、その典型例としてチタン合金がある。そしてチタンの供給元といえばロシアである。実際、ボーイングもエアバスも、ロシアのVSMPO-AVISMAからチタン素材の供給を受けている(いた)。
カッコ書きで過去形を書き足したのは、ボーイングがVSMPO-AVISMAからのチタン素材供給を停止すると表明したからだが、エアバスは現在も供給を切っていない。それがいいとか悪いとかいうつもりはないが、そういう事実はある。
また、炭素繊維複合材料にしても、航空機で使える品質のものを供給できるメーカーは限られている。アルミ合金にしても、適正な品質のものを安定供給できるメーカーがなければ機体の製造ができない。そして半導体製品についても言わずもがな。
第2次世界大戦中に、イギリスのデハビランド社が木製の高速爆撃機DH98モスキートを開発した。“wooden wonder” (驚異の木製機)といわれる傑作機に仕上がっただけでなく、貴重なアルミ合金をあまり使わずに済んだのも強み。ただし、素材となる木材を得るために南米のどこかで林がまるごと消えてしまったとか、最適な種類の木材が入手難になって別の木材を使う羽目になったとか、そういうことも起こる。
サプライチェーンにも関心を持ってほしい
世界が平和で、モメ事のタネが少なければ、サプライチェーンがグローバル化しても問題はない。必要な品質・機能・性能を備えた製品をリーズナブルな価格で供給してくれるのであれば、他国のメーカーに頼ることには合理性がある。
ところが昨今のように国際社会に亀裂が入ってくると、グローバル化したサプライチェーンはもろに影響を受ける。それは、素材のレベルでも、コンポーネントや機器のレベルでもいえること。
しかも分野によっては、特定の国、あるいは特定のメーカーがガッチリ市場を押さえてしまっている事例がある。そういう国やメーカーの製品が使えなくなれば、影響は甚大なものになる。
なお、どんな分野や製品が重要かという話になると、これは時代を経るにつれて変わってくる。冒頭でエンジンとFADECの話を書いたが、高性能・低燃費がいわれる昨今、緻密な制御を実現するためにFADECは欠かせない。そして、そのFADECも、誰もがホイホイ作れる種類のものではない。なにしろFADECを専門に手掛けるメーカーがあるぐらいで、それが、その名もズバリのFADECインターナショナル。BAEシステムズとサフランの合弁企業である。
と書いてみてふと気付いたが、ここまで何度も名前が出ているサフランという会社。「ああ、あの会社」とパッと理解できる方がどれだけいらっしゃるだろうか。グループ各社の社名が昔とはガラリと変わっているせいもあるが、そもそも完成品の機体を手掛けるメーカーではないから、知名度が意外と低いかもしれない。
今回はイントロとして、具体的な話は次回からいろいろ取り上げていこうと思う。完成品の機体だけでなく、サプライチェーンの分野にも関心を持ってもらえると嬉しい。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。