前回は、胴体や主翼をはじめとする機体構造を対象とする、静強度試験や疲労試験と、そのための設備について説明した。実は、組み上がった機体構造に関する試験は後のほうの話で、その前に素材や部品のレベルで、同様の試験を行う必要がある。

最初は部品ごとにテストする

飛行機の機体構造に限らず、自動車でも鉄道車両でも艦船でもみんな同じだが、一つの構造物は多数の部品の集合体である。まず、個々の部品が所定の強度や耐久性を備えていないことには、それを組み合わせて作る構造物は、所定の強度や耐久性を備えることにならない。

  • 激しい機動や長期の運用に耐えられる機体を作るには、まず、そこで使われる素材のレベルから試験・検証が必要になる 撮影:井上孝司

    激しい機動や長期の運用に耐えられる機体を作るには、まず、そこで使われる素材のレベルから試験・検証が必要になる

したがって、まず素材、次にそれを使って造られた個々の部品について、引っ張り・圧縮・曲げといった荷重をかけたり、繰り返し荷重をかけて耐久性や疲労に対する強さを確認したり、といったプロセスが必要になる。部位によっては、硬さに関する試験も必要になるかもしれない。バネであれば、バネ定数が所定の数字通りかどうかを確認する必要があるし、頻繁に伸び縮みするものだから、耐久性も問題になる。

そこで、こうした個別の部品を対象とする、専用の試験機材がある。たとえば日本国内のメーカーであれば、島津製作所が、この分野の製品をいろいろ手掛けている。同社は航空機関連のコンポーネントを手掛けていることで知られており、たとえばHUD(Head Up Display)がそれだ。しかし実は、試験機材の分野でも強い。実際、「国際航空宇宙展」みたいな展示会で、試験機材を出展しているのを見かけることがある。

同社が手掛けている材料試験装置のラインアップを見ると、「静的試験」「動的試験(疲労・耐久)」「硬さ試験」「超音波光探傷」「ばね試験」「衝撃試験」「レオロジー(流動学)」「振動試験」「大形構造物試験」といった分野に分かれている。また、試験の模様を記録するための高速度ビデオカメラも、ラインアップに含まれている。

しかも、機体構造材に関わる試験には複数の段階がある。これをBBA(Building Block Approach)という。

最初は個別の素材を対象とする「材料試験」から始まり、次に、部品レベルを対象とする「要素試験」、その要素を複数組み合わせた状態で行う「構造要素試験」、機体構造の一部を組み立てて実施する「部分構造試験」、実機と同じ機体構造をすべて組み上げて実施する「実大構造試験」といったプロセスをたどる。

たとえば飛行機の主翼だったら、小物なら結合用の金具、大物なら桁や外板。これらは単体の部品であるから、要素試験あたりに該当するだろうか。桁や外板を組み合わせてトーションボックスを構成すれば、試験のレベルが上がる。そこに機器を組み込んだり動翼を取り付けたりすれば、また試験のレベルが上がる。

そうやって試験を繰り返していき、最終的に「実機に取り付ける主翼一式」が出来上がる。

機器をどう使うかという問題

もっとも、試験機材と供試体を用意するだけでは試験にならない。

飛行機であれば、どういう条件下で、どういう飛び方をするかを決めなければ、荷重条件は決まらない。旅客機と戦闘機では、構造も荷重条件も全然違う。そして、どれだけの飛行時間に見合った耐久性を持たせるかが決まらなければ、疲労試験をどれだけやればいいかが決まらない。

どんな試験でもそうだが、とりあえず動かしたり負荷をかけたりしてみて「壊れないからOK」なんていう雑な話ではない。想定した設計条件に合わせてテストケースを決めて、「この条件でこういうテストをやって、それで壊れないから大丈夫です」とならなければいけない。したがって、試験機材をそろえることはもちろん必要だが、それに加えて、テストケースの策定や試験の実施手順・計画立案についても、ノウハウが必要になる。

もちろん、設計変更によって機体構造の補強や軽量化などといった変化が発生したときは、それに合わせて新しい供試体を用意しなければならない。また、試験を進めていたら供試体が壊れてしまったり、供試体が疲労して実機と同じ条件を再現できなくなったり、なんていうことも、ときには起こる。後者はF-35で実際に起きた話で、そのため、新たな供試体を用意することになった。

これまでになかった新しい素材が出てくれば、試験の方法にも影響が生じる。たとえば、炭素繊維複合材料は金属材料と違って、中核となる繊維素材の織り方や織目の向きによって、強度を発揮する向きが違う。また、繊維と樹脂の配合比率も、製造プロセスも、みんな強度や耐久性に影響する。それらの条件を明確にした上で、新しい素材に見合った試験のノウハウを固めていく必要がある。

  • 炭素繊維複合材の活用と、大きく反り返る主翼が特徴のボーイング787。素材や設計が変われば、試験の要領や条件にも影響が生じる 撮影:井上孝司

    炭素繊維複合材の活用と、大きく反り返る主翼が特徴のボーイング787。素材や設計が変われば、試験の要領や条件にも影響が生じる

強度以外の試験

強度に関わる分野以外でも、素材に関わる試験が必要になることがある。たとえば、耐火性に影響する燃焼試験。安全性の観点からすれば、火災が発生したときに一緒になってどんどん燃え上がってしまうような素材では困る。だから素材を実際に火に当ててみて、テストするわけだ。飛行機に限らず鉄道車両でも、同様の試験が行われる。

運用環境という話になると、温度、湿度、高度(気圧)、耐水といった話も問題になる。たとえば飛行艇は洋上で離着水を行うから、海水による腐食に耐えられる素材が求められる(もちろん、飛行の度に機体を洗浄する等のメンテナンスも重要だが)。

こうしてみると、一つの飛行機が世に出るまでには、なんとも多数の試験が積み重ねられているものだと、改めて驚かされる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。