前回、機体をさまざまな気候条件下でテストするための施設がある、という話を取り上げた。機体だけでなくエンジンも、同じようにさまざまな気候条件下でテストしなければならない。また、エンジンには特有の要求が加わる。ということで今回は、エンジン試験施設の話を。

テストセル

「セル」というと、もっとも想起されることが多そうなのは表計算ソフトのそれだが、人によっては移動体通信の基地局を連想するかも知れない。航空機用のエンジンを、さまざまな条件下でテストするための施設のことを「テストセル」というが、cellという単語に「個室」という意味があるから、なるほど意味は通る。

地上を走る自動車でも、対応しなければならない温度の幅は広いが、気圧についてはどうだろう。地上を走る以上、標高4,000m程度までカバーしていれば、用は足りると思われるが。

それに対してジェット機の場合、地上から飛び立って成層圏まで上昇するので、温度は上が摂氏+50度ぐらい、下は摂氏-60度ぐらいまでカバーする必要がある。しかも、成層圏まで上昇すれば気圧は大幅に下がる。そういう環境下でエンジンが問題なく作動するかどうかを確認しなければならないが、地上に置いて試運転するだけでは条件を満たすことができない。

そこで、成層圏を初めとする実運用環境と同じ環境を再現できる「個室」を用意して、その中にエンジンを入れて試運転を行うようになった。その「個室」がすなわち、テストセルである。

  • テネシー州のアーノルド空軍基地にあるテストセルで試運転を実施している、F100-PW-229エンジン 写真:USAF

    テネシー州のアーノルド空軍基地にあるテストセルで試運転を実施している、F100-PW-229エンジン 写真:USAF

もうずいぶん昔の話になるが、通商産業省(当時)のプロジェクトで、石川島播磨重工(当時)が主体となって、FJR710というターボファン・エンジンを開発した時のこと。

エンジンができても、それを実運用環境下でテストしなければ、問題点のいぶり出しができない。ところが、地上で試運転する施設は日本にあったが、高高度の気温と気圧、そして飛行機の飛行速度に見合った風速の風を発生させられる施設は、当時の日本にはなかった。そこでわざわざ、イギリスのファーンボロにある王立ガスタービン研究所(NGTE)のテストセルを借りに行った。

NGTEには複数の試験棟が建っている。そして、エア・ハウスと呼ばれる棟に収まっている冷却器と圧縮機を使って、所要の環境を作り出す仕組み。旅客機のエンジンなら遷音速まで対応できれば用は足りるが、超音速機のエンジンだと話は違う。当時、NGTEにはマッハ3.5、高度30,000mの環境を再現できる施設もあったという。

そうした施設を使い、単にエンジンを運転するだけでなく、空中で停止したエンジンの再始動みたいな試験もやる。

鳥の撃ち込み試験

2年前の2019年2月末から3月にかけて、オーストラリアのジーロングにあるアヴァロン飛行場で開催された「アヴァロン・エアショー」を取材に行った。その中のある時、米空軍のC-17A輸送機がデモフライトのために離陸しようとしたら、いきなり離陸中断、デモフライトは中止になってしまった。

  • ドーバー空軍基地で地対空ミサイルの訓練を行っているC-17AグローブマスターIII 写真:USAF

    ドーバー空軍基地で地対空ミサイルの訓練を行っているC-17AグローブマスターIII 写真:USAF

その時はちょうど人影にいたので状況が見えなかったのだが、後で知ったところでは、4番エンジンに鳥が突っ込んだために離陸を中止したのだった。たまたま、その模様を撮影した動画がYoutubeに上がっていたので見てみたら、「あっ、4番エンジンに何か突っ込んだ」と思った次の瞬間に、エンジン後方から火の玉みたいな物体(たぶん、焼き鳥になった鳥の断片)が飛び出していた。

というわけで、ジェット・エンジンは鳥を吸い込んでしまう事故がつきもの。つきものであれば当然、そういう事態を想定したテストをやる必要がある。ジェット・エンジンの試験項目として、重さ何kgのニワトリを、締めたばかりの状態でエンジンに撃ち込んでテストするように、と決められている。

ちゃんとテストして、安全を確認していたからこそ、アヴァロンで焼き鳥をこしらえたC-17AのF117エンジンも大事故にはならず、無事に離陸を中断できたわけだ。

鳥のほかに、雨や雪、雹といったものをエンジンに吸い込む可能性もあるから、これもまた試験項目になる。雹の場合、単に氷の塊を撃ち込めばよいという話ではなくて、サイズも比重も決められている。

このほか、着氷試験もある。気温が氷点下に下がった状態でエンジンを運転して、空気取入口の側からスプレー・ノズルを使って水を噴射する。それが低温によって霧状の氷になり、エンジンに吸い込まれると着氷が発生する。

ブレードに着氷すれば、重量バランスが崩れて振動の原因になったり、空気の流れが乱れたりと、いろいろ悪い影響がある。それでもエンジンの動作に致命的な問題がないかどうかを確認しなければならないので、こういう試験をやる。

という話を書いていたらちょうど、ロールス・ロイスの公式Twitterアカウントが、水吸い込み試験の模様を撮影した動画をリリースしていた。

ロールス・ロイスの公式Twitterアカウント

試験の条件を作り出すノウハウ

ところが、気温は規定の条件になった日に試験をすればいいとしても(それはそれで大変だが)、噴射した水がうまい具合に霧状の氷になってくれなくて、苦労したとの話も残されている。噴射した瞬間にノズルのところで凍ってしまったり、反対に、凍ってくれなかったりするわけだ。

雹の場合、サイズも比重も決められているから、それに合致するものをどうやって作るか、という問題が出てくる。FJR710の試験では、氷の塊を削ったのではうまくいかず、カキ氷を固めて冷やす方法を使ったという。

これがニワトリとなると、相手が生き物だけに、体重の調整が難しい。ちょっと餌を多く食べさせると太りすぎ、餌を減らしすぎると痩せすぎ、となってしまい、規定通りの体重のニワトリを用意するのが、まず大変らしい。

この業界に限ったことではないが、「どんな試験をやりなさい」という決まりはあっても、「どうやって試験のための条件を作り出すか」までは教えてもらえない。そこは、試験を担当する当事者がトライ&エラーを繰り返して、身につけていかなければならない。

たぶん、飛行機以外の業界でも、モノを作ってテストする過程で、同じような苦労に直面するのではないだろうか。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。