事故原因として機体の構造やシステムが疑われた場合、地上で検証試験を行うことがある。ところが、地上試験では再現できない事象もあるから困ってしまう。すると、実際に別の飛行機を飛ばして再現実験をやろう、という話になることもある。

飛ばないと発生しない現象

本連載の第1回で、飛行機が飛んでいる最中には主翼がユサユサ揺れることがある、という話を取り上げた。もちろん、上昇すれば与圧している機内と機外の圧力差が増して胴体が伸びる(下降する時は逆になる)という現象も起きる。

デハビランド・コメット旅客機の墜落事故では、その胴体の伸縮を地上で安全に再現しようとして、胴体を巨大な水槽に沈めて水圧をかける手を使った。これは、飛行中に発生する現象を地上で再現した一例だが、何でも地上で再現できるとは限らない。

例えば、戦闘機が激しい機動を行った時に、機体にかかる構造負荷によって微妙な変形が発生する可能性がある。旅客機のようにアスペクト比が大きい主翼を付けているわけではないから、眼で見てわかるぐらい露骨にユサユサするわけではないが、それでもわずかな変形は発生し得る。

実は機体構造に限った話ではなくて、その機体構造の内部に収められている機器、例えばエンジンのケーシングにも影響が及ぶかもしれない。レーシングカーと違って、戦闘機はエンジンそのものが強度部材になっているわけではない。しかし、機体構造に負荷がかかれば、その中に収まっているエンジンに影響が及ぶ可能性はある。

もちろん、露骨にグニャリと変形するわけではない。だが、内部で回転している圧縮機やタービンの羽根の先端と、ケーシングの間の隙間は、ほんのわずか。ケーシングがわずかに変形しただけでも、接触が生じる可能性はある。

ところが、これを地上で忠実に再現するのは難しい。変形を測定するためのゲージか何かをエンジンのケーシングに取り付けて、実際に機体を飛ばしてドッグファイトの訓練をやってみないと、同じ条件を再現することはできない。

  • 戦闘機のエンジンは機体構造とは独立しているが、緻密に作られているものだから、機体構造の変形に影響される可能性はある 写真 : USAF

    戦闘機のエンジンは機体構造とは独立しているが、緻密に作られているものだから、機体構造の変形に影響される可能性はある 写真 : USAF

「だったら、ケーシングと羽根の先端の間隔を広げればいいんじゃない?」という声が出てきそうだが、そうするとエンジンの効率が落ちる。効率を追求しようとすれば、隙間はミニマムにしたい。しかし隙間を詰めすぎると接触の可能性が出てくる。どこまで詰めても大丈夫なのか。それは機体の運用条件次第。

飛ばし方を再現する

飛行条件だけでなく、パイロットの飛ばし方に原因がある、と疑われた場合も事情は同じ。特に戦闘機の場合、機動の内容は多種多様だし、飛ばし方もいろいろある。これは機体構造にかかる負荷の話だけではなくて、エンジンの制御、エンジンが取り込む空気の流れ、といったところにも影響する話。

特定のパイロット、あるいは任務内容などによって、飛ばし方が違ってくる可能性も考えられる。すると、その特定のパイロット、あるいは特定の任務内容を再現して飛ばないと、その時、機体にどんな現象が発生するかを忠実に再現するのは難しい。

例えば、同じF-15DJでも、新人パイロットの訓練に使用している機体と、仮想敵任務に使用している機体が、同じような飛び方をして、同じような負荷のかかり方をするものだろうか。たぶん、そうはならない。

F-16のようにユーザーが多く、稼働中の機体が多い機体も同様ではないだろうか。つまり、使用している国によって、あるいは同じ国でも使用している部隊によって、機体にかかる負荷は違ってくると考えられる。

そうなると、事故機と同じ条件、事故機と同じ飛ばし方を再現してみなければ、原因追及の手がかりを得られないかもしれない。

  • F-2戦闘機は任務の関係から低空飛行の機会が多いから、その分だけ機体構造にはきつい負荷がかかっていると思われる 撮影:井上孝司

    F-2戦闘機は任務の関係から低空飛行の機会が多いから、その分だけ機体構造にはきつい負荷がかかっていると思われる

無論、事故原因を追及するための試験飛行をやったら新たな事故が起きてしまった、なんていうことになったのでは洒落にならない。だから、再現実験を行う際は安全確保のために徹底した注意と配慮を要する。

どうしても実機で再現実験を行うのが危ないということなら、シミュレータを使ったらどうか、という考えもある。それは当然のことだし、実際、事故の後でシミュレータを用いた再現実験を行った事例もある。シミュレータなら、墜ちてもコンピュータのメモリと画面上だけの話で済む。危ないことを安全に試すには、シミュレータは大変ありがたい。

ただしそれは、シミュレータで事象を確実に再現できるという前提があってのこと。だから、内容によってはどうしても、実機を実際に飛ばして再現してみないと分からない、ということは起きると思われる。

ちなみに、地上に設置するシミュレータを使用する事例だけでなく、インフライト・シミュレータを使用する事例もある、という話は第221回で取り上げている

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。