2020年は、新型コロナウイルス感染症の影響で、日本においても「リモートワーク」(テレワーク)への関心が社会的に高まった年でした。そもそも「従業員が時間や場所に縛られずに、生産性の高い仕事ができる環境を作る」というテレワークのコンセプトは、以前から「働き方改革」の一環として、企業での実践が求められてきたものです。コロナ禍での経験を生かし、実際にテレワークを実施する中で見つかった課題を改善しながら、テレワークを「通常の勤務形態のひとつ」としていくことが、ウィズコロナ、アフターコロナの時代において、企業に求められる「新しい働き方」の実現へつながっていきます。

今回、比較的長い期間にわたってテレワークを実施した企業の中には、紙や印鑑を必要とする、いわば「アナログ」な業務プロセスが、テレワークをスムーズに実施するための障害となったケースも多いようです。アドビが実施したアンケート調査では、テレワーク実施中に「紙書類の確認や捺印などでやむなく出社した経験がある」という人が、全体の64.2%にのぼることが分かりました。テレワークを標準的な働き方のひとつとしていくにあたって「業務に関わる情報と手続のデジタル化」は、大きな課題です。

  • アナログなデータや業務プロセスがテレワークの阻害要因になっている

この連載では、アプリケーションやプラットフォーム(OSやデバイス)に依存しない、国際標準の電子文書フォーマットである「PDF」と、PDFの開発元であるアドビが提供しているPDFツール「Adobe Acrobat」ファミリーを活用して、テレワークや「業務のデジタル化」をよりスムーズに進め、生産性を上げていくためのヒントを紹介します。

どんな環境でも扱える「PDF」が生産性アップのカギ

普段の仕事の中で、PDF形式の電子文書を閲覧したり、オフィスアプリケーションからPDFを作成したりといった作業をしたことがある人も多いと思います。もともと、PDFは「PostScript」と呼ばれる技術を元に、アドビが開発した電子文書フォーマットです。同社では、開発当初からPDFの仕様をオープンにしており、アドビ以外の企業でもPDFを閲覧したり、作成したりするソフトウェアを開発できるようにしていました。電子文書仕様としてのPDFは、2008年に国際標準化機構であるISOによって標準化され、名実共に世界標準の電子文書形式として世界中で利用されるようになっています。

現在では、Webブラウザやオフィスソフトをはじめとして、さまざまなソフトでPDFの閲覧や作成ができますが、PDFを発明したアドビも、継続してPDFそのものの機能強化や、それに合わせたPDF閲覧・作成ツールの機能強化に取り組んできました。

現在、アドビが無償で配布しているPDFの閲覧ツール「Adobe Acrobat Reader DC」や、閲覧に加えて、PDFの作成、編集、保護だけでなく電子契約までも行える有償版の「Adobe Acrobat DC」は、その最新版です。これらには「Document Cloud」と呼ばれるクラウドサービスが統合されており、クラウドを介したPDFの閲覧、共有、共同作業を効率的に進めることができるようになっています。無償の「Acrobat Reader DC」と、有償の「Acrobat DC」で利用できる機能の違いは、大きく以下の図のようになっています。

  • 閲覧用の「Acrobat Reader DC」と、高度なPDF作成・編集機能を持つ「Acrobat DC」がある

なお、Document Cloudは「Adobe ID」を登録したユーザーであれば、無償ライセンスで2Gバイト、有償ライセンスであれば100Gバイトまでの容量を利用できます。 また、Acrobat Reader DCのモバイルアプリは、有償版アカウントでログインすれば、一部の機能(PDFの編集 ページ整理、ファイル圧縮、パスワード設定、テキストの編集など)をPCと同様に行うことができます。

複数の人が関わる業務をテレワークでスムーズに進めていくには、それぞれが使うデバイスやOSに関わらず、同じように参照や作業ができる電子フォーマットで文書を作成、共有できるようにしておくことがポイントです。業務に関わる文書を共有、保管する際には「PDF」を使うことを社内でルール化しておくというのは、その第一歩になるでしょう。

アナログ情報のPDF化に便利な無償アプリ「Adobe Scan」

では「PDFを作る」際、みなさんはどのように作業をしているでしょうか。オフィスソフトで作成した文書をPDF化する場合なら、一般的には保存メニューにある「PDF形式でエクスポート」する機能を使うケースが多いと思います。しかし、「既に紙として印刷されている資料をPDF化したい」あるいは「会議で使ったホワイトボードの内容や、手書きのメモをPDFにしてとっておきたい」という場合にはどうでしょう。一度、スマートフォンのカメラ機能や、複合機のスキャナ機能を使って画像化し、オフィス文書に貼り込んでから、PDFにするといった手間をかけているケースもあるかもしれません。

アドビがiOS/Android向けに無償で提供しているアプリ「Adobe Scan」を使うと、このような「撮影」「補正」「OCR」「PDFでの保存」までの全工程を、このアプリだけで完結することができます。なお、利用にあたっては「Adobe ID」としてメールアドレスの登録を求められます。もし、既にAcrobatの有償ライセンスを所有しているAdobe IDがあれば、それを使ってログインします。ない場合には、新たにAdobe IDを作成するか、GoogleやApple IDなどのメールアドレスを使ってログインして下さい。無償ライセンスでもAdobe Scanの利用は可能です。

  • 「Adobe Scan」はAppStoreやGoogle Playでダウンロードできる

  • Adobe Scanではホワイトボードや紙文書の情報をカメラでPDF化できる

Adobe Scanでは、ホワイトボードや紙の手書き文書、印刷文書をスマートデバイスのカメラで撮影し、画角の調整や不要部分の消去(クリーンアップ)を行った上で、PDFとして保存することができます。既にデバイスに保存済みの画像をPDF化することも可能です。保存先は、デバイス上、Document Cloudのほか、GoogleドライブやDropboxといったクラウドストレージも指定できます。

  • スキャン後に画像補正や不要な汚れの消去を行うことも可能。また、作成したPDFの保存先にはGoogleドライブやDropboxも指定できる(右図)

Adobe ScanでPDF化したデータには、OCR処理されたテキストデータも含まれます。活字で印刷された文書などであれば、日本語であってもかなりの精度でOCR処理が行われます。そのため、Acrobat Readerでの文書内検索や、外部のPDF検索ソフトを使ったファイル検索などにも対応可能です。印刷資料や手書きメモといった「アナログ」なデータのPDF化を非常に簡単に行えますので、ぜひ活用してみてください。

  • Adobe Scanで作成したPDFは、クラウドを通じて他の人と共有できる

別のアプリで作ったファイルを1つのPDFにまとめる方法

特定のプロジェクトや案件に関連した、ワープロ文書、表計算シート、プレゼンテーションスライド、画像などのデータを、1つのPDFファイルにまとめたいという場面はよくあると思います。基本的に、各アプリケーションを使ってPDFを作成する場合には、「アプリケーションごとに1ファイル」のPDFとしてしか書き出せません。もし、複数のアプリケーションで作成したファイルを1つのPDFにまとめたいのであれば、「Acrobat DC」にある「ファイルを結合」機能が便利です。

有償ライセンス版の「Acrobat DC」を立ち上げ、ウインドウ上部にある「ツール」タブをクリックすると、「作成と編集」の中に「ファイルを結合」というアイコンが表示されます。これをクリックすると以下のような画面が表示されます。

  • Acrobat DCの「ファイルを結合」を使うと複数の種類のファイルをまとめてPDF化できる

この画面に、PDF化したいアプリケーションの文書ファイルをドラッグ&ドロップし、右上に表示される「結合」ボタンを押すと、1つのPDFファイルにまとめて変換をしてくれます。

なお、結合するファイルの種類(オフィス文書など)によっては、そのファイルを開けるアプリケーションが、その環境にインストールされている必要があります。

  • WordやExcelのファイルを結合する際には、作成元のアプリケーションが必要

この「ファイルを結合」機能でPDFにまとめることができるファイル形式としては、PDFのほか、Word、Excel、PowerPointといったオフィス文書、BMP/GIF/JPG/PNGなどの画像、HTML、PostScript、AutoCADなどがあります。また、mov/mp3/mp4などの音声、映像データも含めることが可能です。あまりサイズが大きなマルチメディアファイルをPDFにしてしまうと、かえって取り扱いが難しくなることがあるので注意が必要ですが、数秒程度の音声や映像によるメモなどをPDFに含め、Acrobat Reader上で再生できることも覚えておくと、役に立つ場面があるかもしれません。

  • 「ファイルを結合」でまとめてPDF化できるファイルの種類。マルチメディアファイルもサポートする

意外と知られていない「PDFは直接編集できる」という事実

PDFを開いた状態で「PDFを編集」をクリックするとPDFを直接編集できる

PDFに関するよくある誤解のひとつに「PDFは閲覧用のフォーマットで、編集はできない」というものがあります。そのため、一度保存用としてPDF化した文書に軽微な誤字や脱字などが見つかった場合、元になる文書ファイルを探し出し、そちらを修正した上で、再度PDFとして保存し直すといった作業が行われるケースもあります。

実は「Acrobat DC」には、PDF上の文字をPDFのまま、直接修正、編集、保存できる機能があります。PDFファイルのセキュリティ設定で「編集不可」の属性が付加されていなければ、PDFを開いた状態で「PDFを編集する」アイコンをクリックすると、編集モードに切り替わります。編集モードでは、ワープロやプレゼンテーションソフトのような感覚で、文字の修正が可能です。

  • 簡単な文字の修正や部分的な差し替えであればAcrobatだけで作業できてしまう

文字の修正だけでなく、ページの順番を入れ替えたり、特定のページを削除したりといったこともできます。その場合は、Acrobat DCの左側にある「ページサムネール」のアイコンをクリックします。サムネールとして表示されているページの順番は、ドラッグで入れ替えることができます。また、サムネール上を右クリックして表示されるメニューから「挿入」「削除」「置換」「ページのトリミング」「ページの回転」といった編集が可能です。

  • Acrobat DCの「ページサムネール」では、ページ単位での入れ替え、削除などができる

編集後は「上書き保存」「名前を変更して保存」などで、修正済みのファイルを保存できます。Acrobat DCを使うと、軽微な修正や編集は「PDFファイルのまま」で行えます。もちろん、内容自体の大幅な修正や変更になると、作成元のオフィスアプリケーションで作業をしたほうが効率的なこともあるでしょう。その場合、元となった文書ファイルが手元になくても、Acrobat DCの「ファイル」メニュー内にある「書き出し形式」から、PDFを他のアプリケーション用のファイルに変換できます。特殊なレイアウトが行われていないワープロ文書や表計算シートであれば、かなりの精度で変換が可能です。Acrobat DCの編集機能と他のアプリケーションをうまく使い分けることで、より効率的にPDFを活用できます。

  • 大規模な修正や変更が必要な場合、PDFをオフィスアプリケーションなどのファイル形式にも変換できる

次回以降は、仕事の中での「情報共有」や「ワークフロー」を、PDFを使ってより効率的に行うためのコツを紹介していきます。

立川太郎

アドビ株式会社 マーケティング本部 キャンペーンマーケティングマネージャー

アドビにてドキュメントクラウド製品のマーケティングを担当。アドビ製品の使い方や裏技を教えるためのセミナーを社内外で開催。