EMCの意味と規格・規制について、第二章までに述べたが、EMCを理解する上で欠かすことができないのがEMCの「試験方法」である。試験方法を説明するに当たり、電磁気に関する初歩的な理論や、EMC分野での用語に触れておく必要があるので、第三章では、特に重要と思われるものについて紹介していきたい。
電磁妨害波の伝送経路
EMCでは、妨害源から発生した電磁妨害波(ノイズ)が、妨害を受ける対象へ伝わることで障害が起きると第一章で述べた。的確なEMC試験やノイズ対策を行うためには、電磁妨害波の伝わる経路を考慮しなければならない。主な伝送経路には以下の2種類がある。
放射妨害
比較的イメージしやすいのは、妨害源がノイズを空間に放射し、そのノイズが他の機器に入り込んで干渉する場合である。妨害源が空間に放射したノイズによる妨害を、放射妨害と呼ぶ。放射妨害の影響は、妨害源と妨害対象との物理的距離によって変化し、遠くなればなるほど低くなる。
伝導妨害
一方、妨害源と妨害対象が屋内配線などのケーブルで接続された状態で、ノイズがケーブルを伝わって対象に入り込むことを伝導妨害という。ここでの"ケーブル"とは、機器同士を連結するものだけではなく、商用電源線や通信回線を介した接続ループも含む。つまり、伝導妨害は、同じ電源コンセントを使用している機器同士、および通信線路を共有する機器同士にも発生するので、注意しておきたい。
さらに、上記の2つの伝送経路を組み合わせた、二次的伝播モードも存在する。妨害源からのノイズが空間へ放射された後、ケーブルに結合して伝導妨害への変換されるパターンと、妨害源から流出したノイズがケーブルを"アンテナ"にして放射エミッションへ変換されるパターンがあるので、併せて知っておきたい。
ノーマルモードとコモンモード
伝導妨害に関連して、ノーマルモードとコモンモードと呼ばれる、2タイプの伝導妨害波の伝わり方がある。これらを理解しておくと試験内容の理解に役立つので、ここで説明しておきたい。
下図は妨害源と妨害対象の電子回路などが二線のケーブルで接続されているような簡単なモデルである。ノーマルモード(図左)は、ディファレンシャルモードともいい、妨害源と妨害対象の間をノイズが一巡する流れ方(ループ)である。このモードでは、ノイズの流れが逆相になり、互いに打ち消し合うため、ノイズの発生が抑えられる。
一方、ケーブルや機器の電子回路以外に、意図しない電流が発生することもある。その一例として、電流が流れる電子回路やケーブルの近くに大地という導体が存在した時、機器と大地間で見えないコンデンサ(浮遊容量)が発生することがあげられる。EMCでは、この浮遊容量を通じて、大地を帰還ルートとしたより大きなループを形成する場合があり、これをコモンモードという(図右)。コモンモードでは接続ケーブル上のノイズが同相になり、より大きなノイズを発生させてしまうため、機器の作動に影響を与える可能性があるのである。
EMC試験の種類
電磁波妨害の伝送経路を踏まえて、EMC試験の種類を見ると理解がしやすい。
EMCの試験は大きくEMIの試験とEMSの試験に分かれており、EMI(エミッション)は機器から発生する妨害波を測定するもの、EMS(イミュニティ)は日常の現象を模擬し、機器の作動を保証するための電磁波耐性を持つか試験をするものである。EMIの試験の中でも、伝送経路が放射妨害にあたるエミッションの試験(例:放射妨害波測定)、伝導妨害にあたるエミッションの試験(例:伝導妨害測定)など、伝送経路によって異なる試験方法が用意されている。EMSの試験に関しても同様のことが言えるが、それに加えて、日常的に発生する落雷や静電気による影響に関する評価も、試験項目の中に組み込まれている。主な試験項目は下図を参照されたい。
詳しい試験の目的や方法は、第四章以降に記述していく。
ポートの定義
試験対象になる製品は、一般的にEUT(Equipment Under Test: 被試験機器)と呼ばれる。EMCの規格を見ると、ポートという用語が多くみられるが、ポートは、"EUTと外部電磁環境とのインターフェース"と定義される。具体的な例としては、被試験機器の端子や、対象機器のフレームを含めた外装(筐体)などがある。規格によってポートの表現は異なるが、ここでは主なものを下図で紹介する。試験時は、試験対象がどのポートであるか定義を明確にし、対象のポートで行われるべき試験内容や、試験レベルに間違いがないようにすることが重要である。
意図的放射機器と非意図的放射機器
EMCの概念は、電子機器からの"意図しない"不要な電磁波による妨害を基本としているが、世の中には"意図的に"電磁波を利用する機器も多くある。アマチュア無線、業務用無線、携帯電話、無線LAN、ワイヤレスマイク、RFIDなどの無線通信システムを搭載した機器は今、人々の生活に欠かせない一部となっている。これらの機器は、意図的に電磁波を放射することで主体機能を果たすため、意図的放射機器(Intentional Radiators)と呼ばれる。もちろん、意図的放射機器にはEMCの規格とは別に規格や規制が用意されているので、それらの定める技術基準を順守する必要がある。日本では日本電波法、欧州ではR&TTE(RE)指令などの規制が例として挙げられる。
反対に、意図的に電磁波を放出しない一般の電子機器は、非意図的放射機器(Unintentional Radiators)と呼ばれる。第一章で紹介したパソコンとラジオの受信障害の例を思い出していただくと、パソコンが通常の動作を行う上で副次的に電磁波を発生させ、ラジオの受信を妨害していた。ここでいう通常の動作は、厳密に言えばワイヤレス機能を使用しない場合に限られるが、この時のパソコンは非意図的放射機器にあたるものである。
狭帯域ノイズと広帯域ノイズ
妨害波は発生源によって、狭帯域ノイズと広帯域ノイズが発生する。狭帯域ノイズとは、ある決まった周波数において、持続的な妨害波となるノイズである。このような妨害波は、他の電子機器に対して、誤った信号として伝わりやすいため、EMCでは広帯域ノイズよりも厳しい限度値が適用されていることがある。代表例にとして、クロックの高調波などがある。一方、広帯域ノイズは、広い範囲の周波数に渡って妨害となるノイズで、代表的な発生源はモーターである。
試験サイト
EMCの測定を行うことができるのは、電磁波に対して特別な配慮がされた環境に限られる。周囲の電子機器から発生する電磁波、テレビ放送、携帯電話などの外来電磁波を避け、さらに試験対象の機器から発生した電磁波で、周囲の電子機器に影響を与えないことが原則なのである。EMCの試験サイトには大きく分けてオープンエリアテストサイト(OATS、またはオープンサイト)、シールドルーム、電波暗室(半無響室または全無響室)などがある。大まかな役割分担として、放射性ノイズに関連する試験は電波暗室やオープンサイトで、それ以外の試験(伝導性ノイズなど)はシールドルーム内で行われる。下表に概要を記したので、参照いただきたい。
アンテナ
EMI測定では、放射ノイズを測定するためにアンテナが使用される。測定対象の周波数や用途によって使いわけられるので、ぜひ知っておきたい。
次章からは、いよいよEMIの試験についてご紹介していく。
参考文献:
主要国EMC規制と試験概要 (UL Apex Co.,Ltd)
EMC入門講座 電子機器電磁波妨害の測定評価と規制対応 (山田和謙、池上利寛、佐野秀文)
なるほどノイズ(EMC)入門 (TDK Techno Magazine) http://www.tdk.co.jp/techmag/emc/index.htm
著者紹介:UL Japan
2003年に設立された、世界的な第三者安全科学機関であるULの日本法人。現在、ULのグローバル・ネットワークを活用し、北米のULマークのみならず、日本の電気用品安全法に基づく安全・EMC認証のSマークをはじめ、欧州、中国市場向けの製品に必要とされる認証マークの適合性評価サービスを提供している。詳細はUL Japanのウェブサイトへ。